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三島邦弘さん=ミシマ社京都オフィス=撮影・平野愛、本人提供

Re:Ron連載「共有地よ! 三島邦弘の思いつき見聞録」第1回

 「私有の反対概念は、無有ということではなく、共有ということである。私有を制限することは共有を拡げるということに他ならない」(平川克美『共有地をつくる わたしの「実践私有批判」』ミシマ社、2022年2月刊)

そうだ、会社をつくればいいのだ!

 橋本治『上司は思いつきでものを言う』が刊行されたのは2004年である。当時、私は会社員であり、ひとの部下であった。

 タイトルに惹かれて買ったものの、読み出すと、「上司も現場から離れて寂しい?」「日本の組織は古代、戦国期、幕末をのぞいてずっと官僚型なの?」、と目からウロコかつ縦横無尽の展開に夢中になった。

 そもそも、私の上司はあまり思いつきでものを言うような人ではなかった。それ以上に、部下である私が、思いつきでものを言う人であっただろう。

 申し訳なかったと今では思う。思いつきに加えて、思い込みもはげしかった。

 入社4年目のある日、「旅に出るのだ」と思いついた。その思いつきは気づけば、「旅に出なければならぬ」という思い込みへと変質。1社目の出版社を退社する流れを導いた。

 それから3年後、2社目の出版社で働いていた時期のこと。夜中寝ているとパッと布団を跳ね上げ、「そうだ、会社をつくればいいのだ!」と思いついてしまった。そうして、数カ月後の2006年10月にたちあげたのが、ミシマ社という出版社である。

 とはいえ、当時は、思いつきばかりで生きていても、「若いから」という理由で、おおむね、受け入れてもらえた。「またミシマが言ってるよ。がんばりな」「そんなに焦るなって」「まあまあ、まあ」

 部下は思いつきでものを言う。

 同じ「思いつき」であっても、部下という立場では、問題視されず、評価とまでは言わないが、「いいんじゃない」くらいにはなる。そんな私もすっかりおじさんになり、社長や編集長の肩書をもつに至って久しい。まったくもって、上司は思いつきでものを言う、その人になったわけだ。私が口を開けば、「あ、また思いつきでこの人言ってるよ」と白眼視される日々である。

 10年前、「ちゃぶ台」という雑誌をたちあげた。

 創刊決定1カ月前のことである。私は、たまたま、あるメディアの取材を受けていた。そのとき、「ミシマ社は雑誌はやらないのですか?」と聞かれた。私は、西部劇のガンマンが銃を抜く速さで返答した。

 「絶対にないです」

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ミシマ社の三島邦弘さん=2025年5月20日午後1時24分、東京都目黒区、吉本美奈子撮影

雑誌は「絶対にない」からわずかひと月後

 そのわずかひと月後である。「雑誌だ!」と突如、思いついてしまうのは。

 「ちいさな総合出版社」ミシマ社を立ち上げ、書店との直取引やサポーター制など独自の実践が注目されている三島邦弘さんの連載が始まりました。自身の活動を通して「共有地」とはなにかを探っていきます。後半では、連載開始にいたった「思いつき」の連鎖とシンクロについて詳しく、また、神戸の「ナイトピクニック」のことも伝えます。

 きっかけは、山口県・周防大…

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