就職、転職、子どもの進路……。人生は決断だらけ=イラスト・中島美鈴

 家は賃貸か持ち家か――。

 家だけでなく、「車をもつべきか」「子どもをもつべきか」「どこに住むべきか」「子どもの進路は」「保険はどうしたら」「資産運用は」「転職は」「副業は」などなど、私たちの人生には決断すべきことが多くあります。

 こんなに大きな人生の決断ほどでなくても、私たちは日々、小さな決断を迫られています。「洗濯機はドラム式と縦型のどちらがいいのか」「健康診断にいくべきなのに日にちを決められない」「来週の飲み会にいくかどうか」「今日の17時までの仕事が仕上がらないけど、目の前に別の緊急案件もある」といった具合です。

  • 連載「上手に悩むとラクになる」

 決断は、心理学では、「意思決定」と呼ばれて、古くから研究されてきました。

 情報を収集し、取捨選択して、自分なりに選んでいく。こうしたプロセスは一般的に「意思決定プロセス(Decision-Making Process)」と呼ばれ、Simon (1955 ※1) など複数の研究者によってまとめられました。

 この意思決定プロセスには、以下の七つのステップが含まれます:

意思決定の7ステップ

1. 問題の認識: 解決すべき問題や決定すべき事項を特定。

2. 情報収集: 決定に必要な情報を収集。

3. 選択肢の生成: 可能な選択肢や解決策を考え出す。

4. 評価と比較: 各選択肢の利点と欠点を評価し、比較。

5. 決定: 最適な選択肢を選ぶ。

6. 実行: 選んだ選択肢を実行。

7. 評価: 決定の結果を評価し、必要に応じて修正。

 このプロセスは、今では一般的な枠組みとして広く受け入れられています。個人や組織が効果的に問題を解決し、目標を達成するために使われています。

 おそらく、日々の生活をすっきりと即断で回している人は、これらのステップを順序よく進めているのでしょう。そしてモヤモヤも不安もなく、生きていけるのでしょう。

 しかし、私が日々カウンセリングでお話ししている注意欠如多動症(ADHD)の大人の方の多くは、「もう頭の中がとっ散らかっている。何もかも決められないまま、ずーっと片隅に残っている」とおっしゃいます。なので、目の前のことに集中できなくて、ずっとモヤモヤしているというのです。

ADHDの「決められない」を分析すると

 こうしたお悩みを先ほどの意思決定プロセスで分析してみますと、こうなります。

(例) 「冷蔵庫を買い替える時期なんだけどなあ」とぼんやり考えているADHDの大人の場合

1. 問題の認識: 解決すべき問題や決定すべき事項を特定。

  冷蔵庫から異音がして、冷えが悪い。故障かな? 保証期間内だっけ、保証書がないかも。そのうちさがさないとなあ。でも買い替えかなあ……。漠然と悩む。

2. 情報収集: 決定に必要な情報を収集。

  テレビを見ていたら、お得な冷蔵庫を販売していた。もっといいやつがあるのかもと、買い替えか修理かを決めていないのにネット検索。そのうち同じ通販サイトで美顔器やドライヤーを見つけて脱線。

3. 選択肢の生成: 可能な選択肢や解決策を考え出す。

  結局修理するか買い替えかを決めないまま、「買うならこれかこれかなあ」と妄想。

「でも高いよなあ。お金ないな」と現実的でない選択肢も挙げてしまう。デザイン性も、機能性も、価格も比較していると、混乱して絞り込めない。

4. 評価と比較: 各選択肢の利点と欠点を評価し、比較。

  結局デザイン性に惹(ひ)かれる自分に気づくが、肝心の台所の冷蔵庫スペースに入るサイズではないことに最後に気づき、断念。決定基準が定まっていないし、優先順位が主観的すぎて、物理的に無理なことに最後まで気づかない。

5. 決定: 最適な選択肢を選ぶ。

  選べないままずるずるきてしまい、冷蔵庫が故障して初めて、大慌て。保証書を探し出せずに断念し、大慌てで近くの家電店にかけこみ、全く好みでなく、しかも高い冷蔵庫を配送してもらうことに。

6. 実行: 選んだ選択肢を実行。

  冷蔵庫の故障というお尻に火がつく状況に押し出されて実行。

7. 評価: 決定の結果を評価し、必要に応じて修正。

  今回のことで「決定基準はサイズや価格から」「いざというときを想定して事前準備」「保証書の保管場所を固定」という反省ができればいいが、のど元過ぎれば熱さを忘れ、次のテレビや洗濯機の買い替えの際に生かせない。

 いかがでしたか?

 誰もがそう理路整然と人生を歩めるわけではないでしょう。しかしもう少し混乱を避け、見通しのもてる安心した人生は選択できるのです。

頭の中の混乱を整理しよう

 最近の研究(2014 ※2)で、ADHDの子どもは、この意思決定において「リスクを顧みないこと」「短期的な視点で決断しやすいこと」がわかってきました。

 ADHDの大人を対象とした研究(2019 ※3)でも、経済的意思決定の能力が低く、金融知識や管理能力が乏しいだけでなく、衝動買いの傾向のあることがわかりました。

 このように、ADHDの方は部屋の整理整頓だけでなく、頭の中もかなり混乱していて、意思決定がうまくいっていないようです。思考の整理をして、後悔の少ない意思決定ができれば、ずいぶん人生が安定すると考えられます。

 そのためにもまずは、上記の「意思決定プロセスにのっとって、決めていこう!」と思えること、「いつもの自分はどの意思決定プロセスでつまずいているかな?」と自己分析することがスタートラインですね。

 今回からしばらくは、ADHDの方の意思決定について書いていきたいと思います。次回はいよいよADHDの主婦リョウさんが「家を買うべきか」問題についてチャレンジします。

〈引用文献〉

※1 Simon, H. A. (1955). A behavioral model of rational choice. The Quarterly Journal of Economics, 69(1), 99-118. doi:10.2307/1884852

※2 Coghill, D. R., Seth, S., & Matthews, K. (2014). A comprehensive assessment of memory, delay aversion, timing, inhibition, decision making and variability in attention deficit hyperactivity disorder: Advancing beyond the three-pathway models. Psychological Medicine, 44(9), 1989-2001. https://doi.org/10.1017/S0033291713002547

※3 Bangma, D. F., Koerts, J., Fuermaier, A. B. M., Mette, C., Zimmermann, M., Toussaint, A. K., Tucha, L., & Tucha, O. Financial decision-making in adults with ADHD. Neuropsychology. 2019; 33(8): 1065-1077. doi:10.1037/neu0000571

<臨床心理士・中島美鈴>

 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。

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 このコラムでご紹介したADHDについてもっとご存じになりたい方は、筆者の著書「ADHD脳で困ってる私がしあわせになる方法」(主婦の友社)をお読みください。

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