2025年の人口ピラミッド。59歳のところに大きな「切り欠き」がある=国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」から

 少子化の議論で提示される人口ピラミッドには、戦後のベビーブーマー(1947~49年生まれ)と団塊ジュニア世代(71~75年生まれ)の間に、ひときわ目立つ「切り欠き」がある。1966年の「丙午(ひのえうま)」。この年の出生数は前年より46万人減り、約4分の3に。合計特殊出生率は1.58で、「1.57ショック」と言われた89年まで戦後の最低記録になっていた。

 そんな「切り欠き」の理由を江戸時代からたどったのが「ひのえうま 江戸から令和の迷信と日本社会」(光文社新書)。60年周期で巡ってくる丙午をめぐる迷信が日本全土に行き渡り、女性たちにいわれのない苦難を強いてきた歴史を明らかにした論考だ。

 はたして令和の丙午となる2026年、再び「切り欠き」は起きるのか。丙午生まれの著者、吉川徹・大阪大大学院教授(計量社会学)に丙午と同じ学年の記者(67年の早生まれ)が聞いた。

 ――丙午生まれの有名人といえば小泉今日子さんや鈴木保奈美さん、秋篠宮妃紀子さまもそうですね。男性でいえば東山紀之さんや長嶋一茂さんがいます。64年の東京五輪のすぐ後で、日本は高度経済成長期のまっただなか。それなのに、幼少期から「丙午の女は男を食い殺す」といった物騒なことを周りの大人に言われて育った。66年度の学年は公立高校で前後の学年よりもクラス数が少なかった。同じ学年の私も、あれは何だったのかと、ずっと思っていました。社会学者の吉川さんですが、専門とは異なる本を書かれたのは、やはり幼少期からの体験がもとにあるのでしょうか。

 物心がついたときから丙午ってものがあることは知ってたんですね。でも、他の十干十二支(えと)について、「私は乙巳(きのとみ)生まれ」とか「あなたは戊申(つちのえさる)ですね」なんて言ってるのを耳にしたことがない。なぜ、丙午だけが口の端にのぼるのか。そんな疑問から、20代の頃から調べてました。すると、とても興味深い。人口問題だったり、出産計画だったり、家父長制だったり、いろんな社会学的なトピックがからんでいる。もちろん時代や世代の変化も含めて。

 ――今年2月という刊行のタイミングも絶妙でした。これから妊娠される女性のお子さんのほとんどが丙午の出生になる。

 丙午について関心をもって資料を調べていたのですが、これが社会的に注目されるのは60年に1度だけのことなので、集めた情報を世に問うことなく「秘匿」していたのです。迷信をあおろうというつもりはありませんが、結果的にこのタイミングを計っていたということになります。

 ――著書の前半では江戸・寛文期の1666年から昭和まで6度の丙午の歴史を振り返ります。最初の丙午生まれの代表格が八百屋お七。江戸の町娘で、思い人に会いたい一心で放火事件を起こしてしまった女性です。本当に丙午だったかどうか諸説あるなか、井原西鶴が「好色五人女」(1686年)でたいへんな美女として取り上げて広く知られるようになり、芝居などの題材となりました。近年でも坂本冬美さんの「夜桜お七」(1994年)なんてヒット曲もあります。

 そもそも、丙午は根拠のあやふやな迷信なんですよ。いわばフェイクニュース。戦前の研究によると、「丙午年には火難に気を付けよ」という暦法上の占事(うらごと)が流布していて、そこに八百屋お七の物語以降、丙午の女性の気性の激しさが結びつけられるようになったそうです。二つに因果関係はない。ただ、男性優位の家父長制のもと、気性の激しい女性は嫌われる傾向にあった。この後、時代が下るにつれ、丙午の女性は伝統性と近代化がせめぎあう社会で、スケープゴートになっていきます。

 ――享保(1726年)、天明(1786年)と続く江戸期の丙午については、古川柳を手がかりに、女性に対する誹謗(ひぼう)ともいえる風説を考察しています。「跳ねられた意趣に丙を吹聴し」(ふられた男性が意趣返しに相手の女性を丙午だと吹聴する)とか、相当にひどい。

 記事後半ではもうすぐ還暦を迎える昭和の丙午の人生をたどっています。

 戦前の迷信研究でも川柳をと…

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