夏目漱石が残した言葉の中に、このようなものがある。
「芸術は自己の表現に始(はじま)って、自己の表現に終(おわ)るものである」
単純なようで鮮烈な言葉について、元名人・佐藤天彦を通して考える。
将棋は確実に芸術の側面を持っているが、棋士にとってはまず何よりも勝負事であること。
棋譜は間違いなく自己表現によって生み出されるものだが、棋士にとってはまず何よりも勝利への足跡を記録するために存在していること。
作家や画家、音楽家にこそふさわしい言葉なのだろうが、つい佐藤のことを思い浮かべるのは、彼が将棋を勝負事であると同時に自己表現と捉えているからだ。
現在37歳の佐藤は18歳で棋士になり、2016年から18年まで名人を3連覇した。現在も順位戦A級に在位している。幼い頃から苛烈(かれつ)な競争社会に身を投じ、頂点を極め、今は「振り飛車」という新しい武器を手にして勝利を希求すると同時に、最良の自己表現とは何かを模索し続けている。
漱石の言葉を伝えると、彼は笑い飛ばしもせずに向き合ってくれた。
将棋の元名人・佐藤天彦九段(37)は30日、名人戦七番勝負第2局の大盤解説会に登壇した。今期、藤井聡太名人(22)への挑戦権を争うA級順位戦で首位を走りながら、プレーオフの末に永瀬拓矢九段(32)に黄金の切符を譲った。一昨年、王道の「居飛車党」本格派から独創性を武器とする「振り飛車党」に転向して以来、より多くの視線を集めるようになった棋士は、どのような思いで戦い続けているのだろうか。
◇
漱石の言葉は知りませんでしたけど、言っていることはどこか分かるような気もします。将棋も最初は誰しも「表現」で入るものだと思うので。たとえ子供でも、ああ、この世界にはこんな豊かさがあるんだなって、直感で体感するものなんですよね。
- 佐藤天彦「升田幸三賞▲6六角は藤井猛イズム」 驚いた藤井聡太
でも、実際に世界の奥へと入…