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 がんの治療中や、治療を終えた後、自分の意思と無関係に仕事内容や勤務時間を変えられてしまう。その結果、仕事への意欲が下がったり、精神的に不調になったりする人もいます。雇う側の配慮や上司の思い込みなど様々なケースがあります。納得の上、やりがいを持って働き続けるために、どんなことに気をつけたらいいのでしょうか。

上司が決めつけ「同じ働き、できるわけない」

 大手IT企業で働く60代女性は8年前に乳がんが分かり、手術と抗がん剤治療、ホルモン療法を受けた。がんは3ミリと小さく、休んだのは手術時の平日5日間のみ。退院翌日から出社し、3週間に1度の抗がん剤の点滴日は有給休暇を使った。

 上司だけでなく同僚にも伝えた結果、業務をしやすいようにサポートしてもらえたため、「無理なく働くことができました」。

 ところが仕事が安定していた術後3年で、新しい上司から言われた。「がんの治療後にそれまでと同じ働きができるわけがない。高い評価は前任者が実態を反映せず作為的に付けたに違いない。私は下げるから」

 懸命に説明しても聞く耳を持ってもらえず、心配した前任の上司が異動先を探してくれた。

 「気に入っていた部署だったけれど、どうしようもなかった。がんや治療について古いイメージをもとに決めつけ、本人の話も聞こうとしない上司とは働けなかった」

 別の会社に勤める知人は、上司に「がんの治療中なら仕方ないね」と言われ、評価と給与を下げられて悔しがっていた。回復して元のように働けるのに「無理しないでね」「大丈夫?」と何度も声をかけられ複雑な心境だった、とこぼす人もいた。

 「もちろん、後遺症や副作用などで働けないほど大変な人もいる。でも治療の進歩や、患者によって治療後の状態が異なる点は分かってほしい」と女性は語る。

サバイバートラック 4割が「あった」

 一般社団法人「がんチャレンジャー」の花木裕介代表理事(45)は、社員にとって不本意なこうした対応を「サバイバートラック」と名付けた。職場復帰後に、自分の意思と関係なく仕事内容を変えられたり、勤務時間を減らされたりすることを指す。昇格や昇給が止まる場合も含む。

 「産育休明けの女性社員が不当と感じる処遇を受けるマミートラックと似ていると感じた。サバイバートラックは私の造語ですが問題提起したいと思った」と話す。

 オンラインでアンケートを実施し、211人の回答結果を今年5月に公開。サバイバートラックと思われる対応が、「あった」は39%、「なかった」は41%、「わからない」は16%だった。

 「あった」という人のうち、「責任ある仕事をさせてもらえなくなった」が27%、「仕事量を減らされた」が23%、「部署を異動させられた」が20%、「役職を降ろされた」が14%、「勤務時間を減らされた」が12%という回答だった。

 影響として、「仕事に対するモチベーションが下がった」(55%)、「メンタル不調になった」(40%)、「給与が減った」(34%)、「昇進・昇格をあきらめた」(31%)、「周囲との関係性が悪くなった」(23%)の順だった。

 自由回答では「本人からのリクエストがある場合を除いては、むやみに仕事量、内容を変更してほしくない」「上司ががんについて理解が足りない」「一番は本人の意志を尊重して欲しい」など、切実な声がつづられた。

 花木さんは、健康相談サービス会社で働く38歳のとき、ステージ4の中咽頭(いんとう)がんが分かった。職場復帰後、長らく会議の議事録作成など同年代の正社員が担当しない仕事しかさせてもらえなかった。同期や後輩のように昇格・昇給がないことに焦り、会社側に「もっとできます」などと訴えたが、変わらなかった。

 「回答から、同様の体験をしている人が大勢いるんだと感じた。私のように、社員が不本意な扱いと感じ、先々に希望を失って意欲が落ちるのは会社にとっても損失であるはず。がん患者はあらゆる面で個人差が大きいだけに、会社側はまず本人の要望を聞いてほしい」と話した。(上野創)

定期的に上司と話し合いを

 調査結果をどうみるか。治療と仕事の両立を支援するNPO法人京都ワーキング・サバイバーの前田留里(るり)理事長(51)は、がんになり仕事量が減った時、「減らされた」ととらえる人もいれば、「心配してもらえ、減らしてもらった」と感じる人もいると指摘する。

 「大前提として、思い込みや偏見なのか、配慮・いたわりの結果なのか。判断は単純ではない」と語る。

 自身の経験からは、変化への対応の難しさを実感する。

 医療法人に勤めていた2011年に乳がんと診断された。治療開始からしばらくは業務量を減らしてもらい、ありがたく感じた。2年ほどで体調が戻り、もっと働きたいとの思いがわいてきた。

 だが、いつ体調がまた悪くな…

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