ガリアーノは今回の映画の撮影で、解雇後初めてディオールのアトリエを再訪した(C)2023 KGB Films JG Ltd

記者コラム「多事奏論」 編集委員・後藤洋平

 「ユダヤ人め。顔を見せるな」「アジア人め。殺すぞ」

 2011年、高級ブランドの中でも最高峰とされるクリスチャン・ディオールのデザイナーを務めていたジョン・ガリアーノがパリ市内のカフェで他の客にそんな差別発言をしたとして地位を追われ、有罪判決も受けた。同じカフェで別の日に、別の客に対して「私はヒトラーが好きだ」「君たちの先祖はガス室に送られた」などと語る動画もインターネットで広まった。

 報道が事件を振り返る際、そのほとんどに「反ユダヤ主義的な暴言で」という前置きがつくが、冒頭に書いたとおりアジア人への差別発言もあった。それは自分にとって、事件をより身近に感じる事実だった。

 ガリアーノは14年、業界の有力者らの後押しを得て、メゾン・マルタン・マルジェラのデザイナーに就任し、本格復帰した。既存の服を解体・再構築する手法に長じた伝説的創業者のブランドで、私も若い頃から好んで着ていた。だが、ガリアーノが手がけるようになってから独特の造形的な造りが目立ち、テイストが変化したことで遠ざかった。某男性誌の名物編集長(当時)が18年に「マルジェラというより、もはやガリアーノそのものになったね……」と評したほどだ。

 ブランド名もガリアーノ就任後、創業者のファーストネームを外した「メゾン・マルジェラ」に変わった。

 しかし新生マルジェラは徐々に、大胆かつ繊細な造りの美しさで再評価されるようになった。特に、創業者が発案した日本の足袋をヒントにした「タビブーツ」のバリエーションを増やしたり、複数のバッグがヒットしたりと、市場では創業者時代をはるかにしのぐ勢いを得ている。

 今年9月に公開されるドキュメンタリー映画「ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー」では、長時間のインタビュー取材に応じた本人がカメラの前でざんげし、「洗いざらいを話す」と当時を振り返っている。

服には作り手の「精神」が織り込まれる でも…

 ガリアーノの旧友ケイト・モ…

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