「おはよう」
2月29日朝8時すぎ。坂道の中腹にある住宅街の一角に、そろいの蛍光色のジャンパーを着た人たちが集まってきた。
東京の中心部から北東へおよそ20キロ。千葉県松戸市河原塚地区の老人会「河原塚ことぶき会」のメンバーが、「グリスロ」と呼ぶ8人乗りの小型バスに乗り込んでいく。
グリスロは、「グリーンスローモビリティ」の略称。時速20キロ未満で公道を走る電動車による移動サービスや、その車両のことだ。高齢化が進む地域での移動の確保を目的の一つとして、国土交通省が普及を後押ししている。
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木曜日のこの日、グリスロは主にことぶき会のメンバーを運んでいた。午前中はグラウンドゴルフが催される公園へ、午後は地元の交流会が開かれる自治会館へ。メンバーの自宅からそれぞれ送迎する。
車幅はミラー部分をのぞき150センチとコンパクトで、狭い住宅街の道もスムーズに進む。ゆっくり走るからこその安定感がある。
スーパーで買い物終わるまで待機
日曜をのぞくほかの曜日は、主なスーパーなどを通る地域内の3ルート、いずれも3キロ前後を、それぞれ30分ほどかけて回る。予約制で、乗車賃はとらない。
スーパーに着いたグリスロは、利用者の買い物が終わるまで駐車場で待機する。週に2往復乗る市川英子さん(82)は「帰りは家の前まで送ってくれるから、荷物が多くても大丈夫」。年齢を重ね、自転車に乗るのをそろそろやめようと思っている。「グリスロがあって本当に助かる」
高齢者らによる重大事故が相次ぎ、運転免許を自主返納する65歳以上の人は年間40万人前後にのぼる。
しかし、帝国データバンクによれば昨年、全国の路線バス会社の8割近くが、運行する路線を減便したり廃止したりした。公共交通は縮退する一方だ。
農林水産政策研究所によると、食料品店などへの距離が遠く、自動車を利用できない65歳以上の人をさす「食料品アクセス困難人口」は、2020年には900万人に達した。2005年よりも200万人以上増えている。
こうしたなか、グリスロ導入の可能性を探るため、国交省による実証調査が各地で実施されている。
だが、ほとんどの地域で実用化はうまくいっておらず、松戸市が数少ない例外だ、と聞いた。
「社会実装」まで進む地域はわずか
実証調査で住民が利便性を感じても、運転手の人件費をはじめ、運営する費用をまかなうのが難しい。それが日常的に運行する「社会実装」が実現しにくい理由だという。
松戸市はどうしているのか。
河原塚グリスロの運転手の一…