夏に咲く⑤金足農 吉田大輝投手
初めて立った甲子園はアルプス席から見るより広く、そして、厳しい場所だった。
昨夏の第106回全国高校野球選手権大会に、金足農(秋田)の吉田大輝は2年生エースとして出場した。
兄の輝星(24、オリックス)が準優勝した第100回大会(2018年)以来の出場に、高校野球ファンはわいた。
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西日本短大付(福岡)との1回戦に先発したが、序盤から制球を乱した。7回を投げて9安打5失点で降板。チームは4―6で敗れ、応援に駆けつけてくれた兄の前で勝利の校歌を歌うことは、かなわなかった。
「たくさんの人に応援されて、自信を持ちすぎていた。自分はまだ甲子園にふさわしいピッチャーじゃなかった」
途中降板した自分が許せなかった。
以来、練習がつらいとき、妥協しそうなとき、プライドがへし折られたあの試合を思い出した。
最速は146キロ。身長179センチ体重85キロのがっちりとした体格から、力強い直球を投げる。持ち味は兄と同じで、直球の質。投球を解析する機器の「ラプソード」で、回転数がプロの投手に匹敵する2500(1分間あたり)を記録したことがある。
ふてぶてしいマウンドさばきや勇ましい顔つきも、兄とそっくりだ。だが、兄弟とはいえ、ドラフト1位でプロ入りした投手と比べられるのは酷なことでもある。
「結果が出ないときは嫌だった。腹が立ったこともある」
18年夏は小学5年生だった。「金農旋風」の全6試合をアルプス席で応援した。兄はうなる直球を武器に横浜や日大三(西東京)といった強豪を抑え、決勝まで駆けあがった。暇さえあればスマホで当時の映像を眺めて育った。
兄の背中を追ってきたからこそ、現在の自分があるとも思う。今では比べられることを受け入れ、モチベーションに変えている。
「いつか『輝星の弟』じゃなくて『吉田大輝』って言われる存在になりたいって、ずっと思っている。超えたい。負けたくない」
だが昨秋以降、満足のいく結果は出ていない。秋の県大会は4回戦で秋田工に2―3で敗れ、今春の選抜大会出場を逃した。5月の春の県大会は準々決勝でライバルの明桜と対戦。五回途中から救援したが、適時打を含む5安打を浴びた。0―5で敗れた。
残るチャンスは、夏のみだ。
吉田は18歳の誕生日を迎える4月23日を前に、兄に誕生日プレゼントをねだった。お願いしたのは、投手用グラブ。兄が高校時代に着けていたものと同じ赤っぽい色で、手を入れる部分には「天下」と刺繡(ししゅう)されている。あと一歩で逃した全国制覇を果たせ、という兄からのメッセージだ。
「最後は同じ色でいきたいな。やっぱりかっこよかったので」
悔しさを味わった甲子園で、1年越しの勝利を果たす。兄が果たせなかった日本一の夢を、弟がつかむ――。
「結構自分でも思います。漫画みたいだなって。最強のチャレンジャーとして夏の大会に乗り込みたい」
この物語を一番楽しんでいるのはおそらく、主人公である吉田自身だ。