九州工業大学(北九州市)発の東京のスタートアップ企業が開発中の視覚障害者用の歩行アシスト機器の実証実験が3月、福岡市東区であった。首回りに設置したAIカメラが赤信号などの危険を自動検知する仕組みで、全盲者らの町歩きをサポートしたいという。
JR箱崎駅前の交差点。市視覚障害者福祉協会の会長で、全盲の明治博さん(68)が横断歩道の手前に立った。
明治さんの首回りのカメラが、明治さんの約15メートル先の歩行者信号を検知した。色は「赤」。明治さんの手元の機器が振動した。青信号になると振動が止まり、明治さんが歩き始めた。「(車が止まる音や走行音で信号状況を推測するのと比べ)全然安心感が違う。単独で色んな行動をしやすくなると思う。これなら自分も一人で出かけられるかも」
明治さんは「網膜色素変性症」という先天性の病気を抱え、約30年前に全盲になった。普段は家族やガイドヘルパーの介助を受けて出かける。
明治さんによると、青信号を音で知らせる音響信号機があるが、夜間は近隣住民に配慮して鳴らさないケースもあるという。スマホのアプリで状況を知らせるIT対応の信号機もあるが、高齢者には使いづらい。そもそも、こうした視覚障害者対応の信号機のある横断歩道はごく一部という。
横断歩道で車の走る音に耳を傾け、「止まったかも」とおそるおそる白杖(はくじょう)を出しながら渡る人もいるが、バイクと接触するなど、けがをしたケースもしばしば聞くという。「介助があると好きな時に好きなところに行けない。活動的な人は、けがすることは承知で一人で出かけています」と明治さんは言う。
実証実験で、明治さんが体験したのは、歩行アシスト機器「seeker(シーカー)」。2018年創立の「マリス creative design」社(東京都)が開発中で、カメラが捉えた映像をもとに、内蔵AIが①信号の色②横断歩道との距離③街中のトラックのサイドミラーなど白杖では気づきづらい上半身の障害物④駅のホームの端との距離や角度――などを判断し、危険を振動で伝える仕組みだ。九工大がAI開発の面で協力した。
同社CEOで九工大出身の和田康宏さん(47)は、30代で下半身不随となった母親の姿を見て、「障害者は助けてもらいたいのではなく、自分でやりたい」という思いを持ってきた。シーカーで「視覚障害者が当たり前に出かけ、自立して歩けるようになってほしい」と願う。シーカーはAIをネットワークにつなげなくても作動できるようにしており、通信障害などの影響を受けず、災害時でも使えるという。来春の発売を目指している。(大下美倫)