うたをよむ 三村純也

朝日新聞歌壇俳壇面のコラム「うたをよむ」には、今年の蛇笏賞俳人・三村純也さんが寄稿。稲畑汀子さんを取り上げ、思い出の吟行に触れています。

 阪神間に住んでいると、六甲山系の新緑、それが深まるとともに、朴(ほう)、山法師などの花々、様々な鳥の声が楽しめる季節が最も清々(すがすが)しく感じられる。芦屋にお住まいで、山荘をお持ちだった稲畑汀子先生も、そうだったのではないかと思う。

 万緑に朴の一樹のありどころ汀子

 昭和五十四年、私を幹事として、汀子先生を囲む二十代の句会が出来、虚子の時代に倣(なら)って、夏行(げぎょう)と称する夏季鍛錬会を催すことになった。一回目は芦屋の汀子邸に二十名前後が泊まり込んだ。二回目は稲畑家の六甲山荘でということになったのだが、「古いしね、しばらく使ってないし、大勢泊まれるかどうか、純也君、下見に行かない?」という電話をいただいた。五月下旬、先生のお車に同乗し、稲畑山荘を訪れた。「INABATA」と書かれた門標があり、フランスとの貿易で財を成されたご先祖が、「INAHATA」では「いなあた」と発音されるので、こう記されたと伺った。山荘は建物自体も内装も実に素晴らしく、先生の懸念は杞憂(きゆう)に終わった。

 雑魚寝ならみんな泊れる夏座…

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