北海道が3日公表した、日本海沿岸で最大級の地震と津波が発生した際の被害想定。過疎化や高齢化が進む地域には、深刻な被害を与える恐れがあるが、防災や災害医療の専門家からは「事前の準備と対策で、必ず減災できる」と呼びかけている。
●北大で減災教育を担当する橋本雄一教授の話
「科学的に検証したデータによって厳しい被害想定が出たが、正面から受け止めて、あきらめずに、きめ細かな対策を打つよう努力すれば減災は十分に可能」――。
日本海沿岸の自治体や住民に向けて、こんなメッセージを語るのは、北海道大の広域複合災害研究センターで減災教育を担当する橋本雄一教授(地理情報科学)だ。地理情報システム(GIS)を使って避難行動の分析などを研究している。
橋本さんは「被害想定には、日本海沿岸の自治体がこれまで独自に努力してきた、細かい対策の成果がすべて反映されているわけではない」と指摘。海辺の集落から高台へ上がるための階段やはしごが、沿岸の各地で準備されていることを評価している。研究で調査した中には、山の急斜面にロープを垂らして登れるようにしている場所もあったという。
北海道の日本海沿岸の地理特性として、海沿いに小規模な集落が点在する地域が多く、自治体も防災対策に充てるヒトやモノ、お金も十分でない。太平洋側で進む大規模な津波避難タワーのような施設を整備しようとするのではなく、地元の実情に合った有効な対策を、自治体と住民がともに考えることが大切になる。「必要があれば、さまざまな知見を持つ北大の広域複合災害研究センターとして支援もできる」と橋本さんは話す。
ただ、海溝でプレートが沈み込んで巨大地震を繰り返す太平洋側に対して、日本海沿岸では活断層が割れて起きる地震が想定され、予兆もつかみにくい。大きな被害が出た2024年1月の能登半島地震と比べても、冬場の気象条件は格段に厳しく、世界的にもまれに見る豪雪地帯のため、ホワイトアウトが起きている悪天候時に災害が発生すれば、住民たちは津波からの避難さえ難しくなる恐れもあって悩ましい。
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北海道大学の広域複合災害研究センター(センター長=佐々木貴信・北大農学研究院教授)は2019年に設置され、巨大地震や大規模噴火のほか、気候変動による洪水や豪雪、土砂災害などの「広域複合災害」の実態解明と被害軽減を研究している。
今年5月27日には、センターと釧路市との間で、道内の市町村では初となる連携協定を締結。釧路市の職員がセンターの講義や研究プロジェクトに参加することで、地域の〝防災力〟を高める取り組みを始めている。
●北大病院救急科・方波見謙一さんの話
災害拠点病院でもある北海道大学病院のDMAT(災害派遣医療チーム)の一員で、ブラックアウト(全域停電)が起きた胆振東部地震でも活動経験がある同病院の救急科・方波見(かたばみ)謙一助教は、日本海の沿岸地域での災害医療を展開する難しさに頭を悩ます。「医療施設が少ない上に、交通網も脆弱(ぜいじゃく)で、道路が寸断されれば、被災地へアクセスできなくなる可能性もある」と指摘する。
全国各地のDMATは地域の中核病院に置かれ、大規模災害が起きた時、主に発生直後の「急性期」の医療支援を担う。方波見さんが懸念するのは、多くの自治体病院が赤字経営に陥っており、医師不足や病床削減が常態化している現状だ。被災地へDMATが駆け付けても、拠点となる医療施設がなければ、DMATの活動は困難となる。
また、DMATが置かれる災害拠点病院は、北海道では、おおむね100キロ圏に1施設が配置されており、合計で34施設ある。だが、このうち日本海側に立地しているのは、小樽市立病院、市立稚内病院、北海道立江差病院、留萌市立病院の4施設にとどまる。
留萌市立病院へは、北海道大学病院の救急科が長年にわたって、救急医療の地域支援のため医師を派遣してきた。実際に月に数回、応援勤務している方波見さんは、「冬場は積雪が多く、たどり着くのも大変。最悪の想定をして準備をしておくことが大切だ」と強調する。