北海道が3日公表した、日本海沿岸で最大級の地震と津波が発生した際の被害想定。過疎化や高齢化が進む地域には、深刻な被害を与える恐れがあるが、防災や災害医療の専門家からは「事前の準備と対策で、必ず減災できる」と呼びかけている。

●北大で減災教育を担当する橋本雄一教授の話

「日本海沿岸では大型の避難設備より、きめ細かい対策が有効」と説く橋本雄一教授

 「科学的に検証したデータによって厳しい被害想定が出たが、正面から受け止めて、あきらめずに、きめ細かな対策を打つよう努力すれば減災は十分に可能」――。

 日本海沿岸の自治体や住民に向けて、こんなメッセージを語るのは、北海道大の広域複合災害研究センターで減災教育を担当する橋本雄一教授(地理情報科学)だ。地理情報システム(GIS)を使って避難行動の分析などを研究している。

 橋本さんは「被害想定には、日本海沿岸の自治体がこれまで独自に努力してきた、細かい対策の成果がすべて反映されているわけではない」と指摘。海辺の集落から高台へ上がるための階段やはしごが、沿岸の各地で準備されていることを評価している。研究で調査した中には、山の急斜面にロープを垂らして登れるようにしている場所もあったという。

日本海沿岸には小規模な集落が多い。海沿いから高台へ逃げるために、きめ細かな対策が大切という=神恵内村赤石村(2018年9月撮影当時、提供・橋本雄一教授)

 北海道の日本海沿岸の地理特性として、海沿いに小規模な集落が点在する地域が多く、自治体も防災対策に充てるヒトやモノ、お金も十分でない。太平洋側で進む大規模な津波避難タワーのような施設を整備しようとするのではなく、地元の実情に合った有効な対策を、自治体と住民がともに考えることが大切になる。「必要があれば、さまざまな知見を持つ北大の広域複合災害研究センターとして支援もできる」と橋本さんは話す。

 ただ、海溝でプレートが沈み込んで巨大地震を繰り返す太平洋側に対して、日本海沿岸では活断層が割れて起きる地震が想定され、予兆もつかみにくい。大きな被害が出た2024年1月の能登半島地震と比べても、冬場の気象条件は格段に厳しく、世界的にもまれに見る豪雪地帯のため、ホワイトアウトが起きている悪天候時に災害が発生すれば、住民たちは津波からの避難さえ難しくなる恐れもあって悩ましい。

     ◇     

 北海道大学の広域複合災害研究センター(センター長=佐々木貴信・北大農学研究院教授)は2019年に設置され、巨大地震や大規模噴火のほか、気候変動による洪水や豪雪、土砂災害などの「広域複合災害」の実態解明と被害軽減を研究している。

連携協力協定を結んだ北海道大学・広域複合災害研究センターの佐々木貴信センター長(左)と釧路市の鶴間秀典市長=2025年5月27日、北大学術交流会館

 今年5月27日には、センターと釧路市との間で、道内の市町村では初となる連携協定を締結。釧路市の職員がセンターの講義や研究プロジェクトに参加することで、地域の〝防災力〟を高める取り組みを始めている。

●北大病院救急科・方波見謙一さんの話

北海道の地図を前に、日本海沿岸での地震や津波被害に対応する難しさを語る北海道大病院・救急科の方波見謙一さん

 災害拠点病院でもある北海道大学病院のDMAT(災害派遣医療チーム)の一員で、ブラックアウト(全域停電)が起きた胆振東部地震でも活動経験がある同病院の救急科・方波見(かたばみ)謙一助教は、日本海の沿岸地域での災害医療を展開する難しさに頭を悩ます。「医療施設が少ない上に、交通網も脆弱(ぜいじゃく)で、道路が寸断されれば、被災地へアクセスできなくなる可能性もある」と指摘する。

 全国各地のDMATは地域の中核病院に置かれ、大規模災害が起きた時、主に発生直後の「急性期」の医療支援を担う。方波見さんが懸念するのは、多くの自治体病院が赤字経営に陥っており、医師不足や病床削減が常態化している現状だ。被災地へDMATが駆け付けても、拠点となる医療施設がなければ、DMATの活動は困難となる。

 また、DMATが置かれる災害拠点病院は、北海道では、おおむね100キロ圏に1施設が配置されており、合計で34施設ある。だが、このうち日本海側に立地しているのは、小樽市立病院、市立稚内病院、北海道立江差病院、留萌市立病院の4施設にとどまる。

 留萌市立病院へは、北海道大学病院の救急科が長年にわたって、救急医療の地域支援のため医師を派遣してきた。実際に月に数回、応援勤務している方波見さんは、「冬場は積雪が多く、たどり着くのも大変。最悪の想定をして準備をしておくことが大切だ」と強調する。

共有
Exit mobile version