取材を含め、卒業式には30回近く参加してきた。だが、校長先生が子どもに謝った式辞を聞いたのは初めてだ。
東京都豊島区立西池袋中学校の前校長、佐藤高彦さん(62)。今年3月、校長として最後の卒業式の式辞でこう語りかけた。「卒業生全員がここにいるわけではありません。今日は午後も卒業式を開きます。誰一人取り残さない学校、みんなが居心地のいい学校を目指したけれど、3年(の在任期間)は短かったなあ。力不足だった、申し訳ない」
念頭にあったのは不登校の生徒たちだ。コロナ禍を経て、同校では不登校の生徒が増えていた。集団になじめなかったり私立中から転校してきたりと、理由は様々。
午後の卒業式は、教室に入りづらい生徒のために開く。佐藤さんは「『みんなが居心地のいい学校』を約束したのに果たせなかった。申し訳なかったと、この場にいない生徒にも謝りたかった」と言う。
何もしなかったわけではない。同校には昨春、学校内居場所「にしまるーむ」ができた。カーペットの上にローテーブルが置かれ、傍らにはテントも。飲み物やボードゲームもある。週1~3回、午後1時半~3時は教室に入りにくい生徒が、午後3時半~5時45分は誰もが利用できる。
地元NPO「豊島子どもWAKUWAKUネットワーク」との共催で、NPO職員がスタッフとして入る。利用したことのある女子生徒は「教室でちょっと嫌なこと言われたー、とか愚痴ってスッキリできる」。
当初、関係者からは様々な声があった。例えば「学びの場と、憩いの場は分けるべきだ」「何か問題が起こったら、多忙な教員がさらに忙しくなるのでは?」といった意見だ。
どう答えたのか。「全国的に不登校の子が増えている状況をみると、子どもを学校という枠に当てはめて捉えるのではなく、学校が変わらないといけないのでは。そして、学校に来てさえくれれば、何かできることはある。学校をどんどん開き、応援団を増やそうとも考えた」
卒業式の式辞では、修学旅行や、横浜移動教室中に遭遇した地震など、3年間の思い出を振り返った。その間、佐藤さんは何度か言葉につまった。しかし涙は見せなかった。「泣いてしまったら、『十分に頑張ったんじゃないか』『やれることはやったじゃないか』と自分自身に言ってしまいそうで。約束が果たせなかったのに」
式辞の最後はこう結んだ。「幸せになってください」「どうぞ幸せな人生を歩んでください」
巣立ちゆく生徒の顔を思い浮かべながら。そして、午後は一人一人の顔を見て、そう伝えた。(山下知子)