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明治大学教授の重田園江さん

政治季評 重田園江さん

 クリストファー・ノーラン監督の映画「オッペンハイマー」が3月29日、ようやく日本で公開された。世界興行収入10億ドルに迫る大ヒットにふさわしい気迫みなぎるこの作品は、原爆開発という日本では看過できないテーマを真正面に据えている。ここでは映画の「裏面」をなす二つの事柄について述べたい。

 一つは、アメリカの核開発をめぐる汚染の実態である。「オッペンハイマー」には、マンハッタン計画の中心地となったニューメキシコ州ロスアラモス研究所、また同州での世界初の原爆実験であるトリニティ実験の様子が描かれている。第2次大戦でのドイツの降伏以降、原爆使用に懐疑的になったオッペンハイマーは、戦後まもなくロスアラモス研究所を去る。「研究所は閉鎖する」「土地は先住民に返す」がその際の彼の要望だ。これらはいずれも実現しなかった。

 それどころか、研究所とその周辺はアメリカ核開発の一大拠点であり続け、大量の核廃棄物や有害物質を敷地内に保管してきた。近くを流れるリオグランデ川はメキシコ湾に流れ込んでいる。汚染は広範囲にばらまかれることになるが、軍が核開発を機密事項にするのは容易で、市民団体の監視も及ばない。そして何より、オッペンハイマーが極秘任務にふさわしいと考えたこの土地は、砂漠=誰も住まない場所ではない。彼自身がそれを知っていたことは、「先住民に返す」という映画のセリフからもうかがえる。現に研究所敷地内の廃棄物投棄場のすぐ隣に、サン・イルデフォンソ居留地がある。だが、呼吸器疾患や白血病など、先住民が苦しむ健康被害はアメリカ社会に注目されないままだ。

 こうした先住民居留地の簒奪…

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