築100年の茅葺き古民家レストラン「うぶすなの家」の前で、有馬邦明シェフ(中央)を囲んで手を振るスタッフの地元の女性たち=2024年7月12日午後0時21分、新潟県十日町市東下組

 新潟県十日町市と津南町を舞台に開かれている3年に1度の「大地の芸術祭」。311の作品が展開されており、その一つが古民家レストラン「うぶすなの家」(十日町市東下組)だ。なぜレストランが現代アートなのか、訪ねてみた。

 この道で間違いないのかと不安になるような山の中を進んでたどり着いたのは、茅葺(かやぶ)き屋根の2階建て、築100年の古民家。「T120」という作品番号がついている。

 玄関を入ると、色鮮やかなかまどがどっしりと構えていた。ほかにも漆黒の器にプラチナ色の花びらを描いた洗面台や、色と形がそらまめのような風呂など、著名な陶芸家らが手がけた作品がそこかしこを飾る。だが、「家」自体が作品となっているのは、展示場だからではない。

 8月中旬。料理の下ごしらえをする女性たちで狭い厨房(ちゅうぼう)は朝からてんやわんやだった。お盆明けの平日でもツアー客などの予約が入る。コンロにかけた四つの大鍋に目配りしながら、地元特産の梵天(ぼんてん)丸なすを切っていた樋口道子さん(78)が言う。「地元の住民が畑で作った食材を使い、自分の家で食べてきた料理を提供する。土地の営み自体が凝縮されているんです」

 スタッフは8人。厨房や受付、配膳を担当する女性7人と、積雪3㍍ほどになる冬場の除雪や修繕を受け持つ男性1人。市中心部から通う樋口さんを除き、全員が地元の下条(げじょう)地区出身だ。

 提供するのは2種類の「うぶすな定食」。一つは主菜が地元の妻有(つまり)ポークのミンチを油揚げに詰めた煮込みハンバーグ、もう一つは車麩と生揚げの煮物。東京都内の人気イタリア料理店の元経営者、有馬邦明シェフに地元の食材を伝え、監修してもらった。

 これに女性たちが作る小鉢料理が6品つく。皮が薄くて肉厚な梵天(ぼんてん)丸なすなどの食材の多くは、各自の畑で前日夕方や当日朝に採ったものばかり。そろった食材でその日のメニューを決める。この日は糸瓜のきんぴら、柚子味噌をかけたなすの素揚げ、お祭りに欠かせないズイキの酢の物などで、どれも絶品。お米は地元の「慶地(けいぢ)の棚田」産だ。

 レストラン誕生のきっかけは2004年の中越地震だった。最大震度7を記録した旧川口町(現長岡市川口地区)と約2㌔しか離れておらず、建物が傾いた。茅葺き職人が少なくなって維持が難しくなり、引っ越しを考えていた持ち主が手放すことになった。避難所で肩寄せ合った女性らが、地域を元気にしたいと話し合っていたことも重なり、芸術祭を運営するNPO法人が取得して、06年にレストランに。

 芸術祭のコンセプトは「集落での営みや文化を土台に、アートによって魅力を残し伝えていく」だ。「生まれた土地や土地の守り神」を意味する「産土(うぶすな)」を名前にし、地元産木材を使った建物も含めて地域の営みを凝縮した施設はまさにそれを体現する施設になった。

 スタッフで一番若い近藤未来(みらい)さん(32)は18年から参加。「手が足りない」と誘われて今年から手伝い始めた母の洋子さん(61)は「地域全体の力が合わさって成り立っているレストランなんです」と言った。(白石和之)

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 〈うぶすなの家〉 大地の芸術祭の作品なので、営業するのは開催期間の11月10日まで、午前11時~午後4時(ラストオーダー午後2時)営業。火曜と水曜は休み。うぶすな定食2千円(税込み)のほか、入館料(一般400円、小中学生200円)か芸術祭のパスポート提示が必要。電話025・755・2291。

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