喜(き)ぐち。飲んべえを魅了し続ける新潟の酒場だ。そんな名店が今年、創業60年を迎えた。酔客たちが笑って泣いた店の記憶と、店が位置する新潟市の「古町(ふるまち)」の歴史を後世に残したい――。2代目の店主は本を出すことにした。
古町の「下(しも)」と言われる10番町。店の引き戸を開けると小さなカウンターと9畳ほどの畳敷き。その奥にはさらに20畳ほどの広間がある。
午後5時半の開店の直後から、店内は人いきれと笑い声で満ちる。その中を縫うように店主の木口文敏さん(60)が笑顔で接客をしていた。
父が創業 10人ちょっとでいっぱいに
1965年、木口さんの父文良さんが妻の栄子さん(88)と現在の場所で季節料理店を創業。当時はカウンターと小上がり部分のみの営業で、10人ちょっとが入ればいっぱいになる小さな店だった。
古町通(どおり)は「新潟総鎮守」の白山神社から北東に2キロほど続く繁華街。神社側の1番町から13番町まである。とりわけ飲食店が密集する8番町や9番町はその昔、平日の夜でも行き交う酔客同士の肩がぶつかるほどの盛り場だった。
にぎわいから外れた10番町にある店には当初、閑古鳥が鳴いていた。「父は母に留守を任せて出かけてしまうこともあったそうです」
そのうち首都圏の名店で腕を磨いた文良さんの味が知られるようになる。飲み足りない酔客や、営業を終えた9番町あたりの飲食店主たちが足を運ぶようになり、営業時間は早朝までになった。
一時は生活の場にも
多忙を極める両親。幼い木口…