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西成の街を見つめる歌手の趙博さん=2025年4月2日、大阪市西成区、山本悠理撮影

Re:Ron特集「わたしの名前」① 趙博さん

 個人と社会の境界にあるのが「名前」です。個人のアイデンティティーであると同時に、社会状況も大きく影響を受けます。「私」をどう名乗るのか、どう名乗れるのか、名乗れないのか。名前に込めた思いについての「聞き語り」をシリーズでお届けします。

 僕には名前が四つあります。それを隠すべきだとも、悪いことだとも、今は思いません。

 僕の記憶は、3歳から始まっています。

 そのとき僕は「安藤茂春」で、大阪・西成の長屋の近所にいたおばちゃんたちは「シゲちゃん」と呼んでいました。これが、自分の記憶に登場する最初の名前。

 お袋は僕が生まれて1年後に離婚し、「西山高雄」という男性と再婚しました。西山は日本名で、彼の本名は「趙寿竜(すよん)」です。

 遠い昔のことを、不思議と今でも覚えています。1960年になる前の、たぶん冬でしたかね。西成の路地を、オールバックの男がコートを着て歩いてくる。その人とお袋と乗った小豆色の阪急電車の中で、お袋が言うんです。「ええか、明日からお前は『西山博』やで」って。下の名前がなんで博だったのかは分かりませんが、二つ目の名前です。

 幼かったですし、特に違和感はありませんでした。そこから18年間は、「西山博」で過ごすことになります。

「このチョーセン!」あのときの僕の心の叫び

 65年に日韓条約が結ばれ…

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