窪美澄さん=東京都千代田区、堀越理菜撮影

 ベトナム、中国、カンボジア。その巨大な団地群には、様々な国にルーツのある人たちが暮らしている。

 外国人を助ける母親との不和を抱える日本人の少女と、日本に生まれて幸せだと思えないベトナム人の少年は、夏休みに団地を飛び出した――。

 短く鋭い言葉が力をもち、分断が進むこの時代に、窪美澄さんの「給水塔から見た虹は」(集英社)は、色がにじみ合う虹のような美しさを放つ。

 《中学2年生の桐乃は、昭和に建てられた巨大な団地群に住んでいる。高層団地群には、家賃の安さを求めてやってきた日本人家族が多く、低層団地群には、ベトナムをはじめ、中国やカンボジア、フィリピン、ブラジルなど様々な国の人が暮らしている。そんな団地の人々を給水塔は見つめている》

 ――どのようにこの物語が生まれたのだろう。

 大きな社会的メッセージを書こうとか、何か問題を取り上げようといったことではなく、団地を書きたいという思いからはじまりました。

 私はデビュー作以降数多くの作品で団地を舞台に小説を書いたのですが、ある時から、日本人しか出てこないのは不自然だなと思うようになった。それで、日本人の少女と外国人の少年の物語を書こうと思いました。

 ――時代の移り変わりとともに、団地で暮らす人たちも変わっていき、外国人の方も増えてきた。

 時代によって団地の捉え方も、住む人も変わっていっているというのは実感としてありますね。私は団地に住んだことはないのですが、東京の稲城市で生まれ育って、家の前には川崎街道があり、土砂を積んだトラックが多摩ニュータウンを作るために走っていました。幼稚園のお友達の家に行くと、新しい団地はピカピカしていて、夢のような家でうらやましかったんです。

 団地が古くなるにつれ、経済的に困窮している人も増えていると感じていたので、デビュー作ではそういう少年の話を書きました。外国の人たちも増えていて、今回モデルになった神奈川県にある団地は、インドシナ難民の方のための定住促進センターが団地のそばにあったため、ベトナムやラオス、カンボジアの方が多かったです。

難しかった取材「口が重かった」

 《桐乃のクラスメイトのヒュウも団地で暮らすベトナム人だ。日本で生まれ育ったが、母親との会話はベトナム語で、勉強も遅れ、中学では同級生の会話のスピードについていけず、いじめられている。父親は家を出ていってしまった。さみしさから仲間になったベトナム人に誘われて悪いことにも手を染めてしまう。「誰にも言ったことはないが、もし自分がベトナム人でなければ、もし自分が日本人だったら、もっと穏やかな生活が用意されていたんじゃないのか、そんなふうに思ったことは数えきれないくらいある」(本作より引用)》

 ――執筆にあたって、2021年に取材を始めた。

 外国にルーツのある子どもたちを教えている先生や、技能実習生の方などにお話しを聞きました。技能実習生に、今の日本での暮らしはどうですか、という話を聞くのはすごく難しかった。集英社って漫画も作っているんですよとか言うと、顔がぱっと明るくなるけれど、それ以外はなかなか口が重かったという印象があります。みなさん抱えているものがあるし、自分が話したことで誰かに迷惑がかかるんじゃないかなっていう心配もあったと思うんです。

 ――様々な人に取材する中で、印象的だった話がある。

 ベトナムから小さな船で海を渡ってきたインドシナ難民の方のお話しは聞いていて苦しかったですね。

 《ヒュウの祖父は、インドシナ難民として日本にたどり着いた。ベトナム戦争後に苦しい生活を強いられ、ボートで国を逃げ出した。マレーシアをめざすも漂流し、流れ着いたのは沖縄だった。難民認定には4年かかった》

 実際に取材で聞いた話を元にしています。すごく小さな船で、何か飲みたいと思って海水を飲んだら、それが余計にのどの渇きをもたらしたとか、暑さで熱したフライパンの上にいる目玉焼きの気分だったとか。日本で保護された後、何年も経ってしまうというのは、私だったら精神的に持たない。自分の人生をそこからどう立て直すのか、考えられないと思いました。

「体が向いていること」が大切

 《孫のヒュウは、祖父には「…

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