働く場所は家か、会社か――。米IT大手アマゾンが、コロナ禍で定着した社員の在宅勤務をやめ、週5日のフル出社を義務づけた。在宅勤務に適しているとされ、その旗振り役でもあったIT企業で出社を求められたことに、反発する働き手もいる。働く場所をめぐる攻防は、人が職場に集まる意味を問い直している。
シアトル中心部にあるアマゾン本社の前には朝と夕、従業員を乗せたバスがひっきりなしに止まっていた。
コロナ下では在宅勤務を勧めたアマゾンだが、2023年から週3日以上の出社としていた。今年1月には在宅勤務を原則禁じ、毎日出社するよう求めた。
「私たちはオフィスに集まる利点が非常に大きいと確信した」。アンディ・ジャシー最高経営責任者(CEO)は社員へのメッセージでこう説明した。「お互いに教え合い、学び合うことがスムーズになる。協力やブレーンストーミング、発想が効果的にできる。そして、チームの結びつきが強くなる」
パメラ・ヘイターさん(45)はかつて、1時間以上かけてシアトルの本社まで車で通勤し、月600ドル(約9万円)のガソリン代や駐車料金を負担していた。渋滞で帰宅した時には疲れ果てていた。
社員研修を担当し、全米各地から社員が本社に飛行機でやって来ることが当たり前だった当時、家で仕事なんてできるわけがないと思っていた。
ところが、コロナで在宅勤務を経験して「別人に変わった」という。2人の娘と一緒に食事を取り、通勤のストレスからも解放された。同僚には小さな子を持つ親や病気の家族を介護する人もいた。「それぞれのライフスタイルに合わせやすく、多くの人にとって有益だった」と語る。
出社勤務にはもう戻れなかった。アマゾンから週3日出勤の方針が示された時、ヘイターさんは「リモート擁護」という名のSNSチャンネルを立ち上げ、3万3千人以上の社員が参加。出社強制に反対する嘆願書をつくり、抗議のための一斉退社も強行した。
出社反対の社員らが訴えたのは、在宅によるワーク・ライフ・バランスの改善や不要なオフィスの見直しによるコスト削減、多様な人材を確保できるメリットだった。在宅勤務ができなくなると、特に女性の離職率が高まるという調査結果があった。
しかし、会社側は聞き入れず、ヘイターさんは解雇された。「後悔はしていない。働き方を選ぶのは、生き方を選ぶこと。その権利を取り戻したかった」
在宅勤務の魅力に目覚めた働き手は多く、出社を強制すると離職したり、人材を集めにくくなったりする。スタンフォード大のニコラス・ブルーム教授(経済学)は、それこそがアマゾンの狙いだったとみる。
何のためのオフィスか
巣ごもり需要が膨らんで従業…