毎月第4土曜日の夕方。福岡市の繁華街・天神にある警固(けご)公園には、腕相撲台が現れる。
「少年、腕相撲やっていくか」。日焼けした筋肉質な腕、各指にごつめの銀色リングをはめた男性が声をかける。
元アマチュアボディービルダーの小野本(このもと)道治さん(58)が開く「腕大学天神校」だ。
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昨春、学校でトラブルを起こし、悩んでいるという男子中学生(15)が訪れた。
腕相撲台でスタッフと手を組むと、あっけなく負かされた。その後は時間いっぱいまで腕相撲のコツを習い、いつの間にかスタッフに憧れのまなざしを向けていた。
「力の入れ方が難しいが、その分、他のことを考えないので気持ちがすっきりした。また来たい」。男子中学生の表情は穏やかになっていた。
ボディビルダーにも悩んだ過去
小野本さんには、深く悩んだ経験がある。30年ほど前、仕事や人生の限界を感じ、気分の落ち込みや不眠など、うつ病のような症状に悩まされた。
7年近く症状が続いていた頃、病院に行った。医者に「不安になったらいつでも電話して」と言われ、3日分の薬をもらうと、久しぶりに眠れた。後日、医者に告げられた。「実は出した薬の効果は強くない。あなたが眠れたのは困ったら電話して良いという安心感があったから」――。以降、症状は改善した。
若者支援を行う際は、「いつでも電話して。出られなくても必ず折り返す」と話す。ふりむいたら誰かがいる安心感を感じてもらうことが支援の基本だと考える。
少年少女の支援を始めたのは25年ほど前。腕大学の母体であるNPO法人「SFD21JAPAN」の前身が、2001年に筋トレを行うチームとして結成された。ある母親が、手に負えなくなった非行少年を連れてきた。徐々に参加者が増え、筋トレチームは青少年を支援する団体に姿を変えた。更生を信じて向き合うと、若者は次々と社会に巣立っていった。
支援を始めた当初は「若者の居場所づくり」への理解は少なかった。近隣住民からは素行の悪い若者が集まることへの反対の声が上がったこともある。それでも地道に続けた活動が評価され、SFD21JAPANは20年に再犯防止などに貢献したとして内閣総理大臣表彰を受けた。小野本さんは同団体理事長を務める。
都会の真ん中で開く腕大学には、悩みを持つ子を見つけ出し、伴走する狙いがある。警察沙汰のトラブルを起こした子など年齢や過去を問わず全ての人を受け入れてきた。
小野本さんは、「実は腕相撲は強くない」と笑う。代わりに10~20代のスタッフが中心になって運営する。「参加者は、スタッフからロールモデルを見つけて『○○くんみたいになりたい』と自然に自分の言動を見直していく」と小野本さんは話す。
「子どもたちのたまり場に大人が1人いれば、そこは居場所になる」。そう信じて警固公園に立ち続けている。