注意欠如多動症(ADHD)の方の中には自分のことを、「仕事はよくできる、社交性もあって、完璧。でも家に帰ると、誰でもできる普通のことができないポンコツ」とおっしゃる方がいます。

  • 連載「上手に悩むとラクになる」

 どういうことなのでしょう? 家に帰れば誰だってリラックスして気を抜いてしまいます。だから、ADHDに限った話ではなさそうですが、その違いは「普通のことができない」という程度を聞いてみればわかります。

 会社のデスクはきれいでも、家に帰れば床面が一切見えないほど散らかっている。

 なぜか飲みかけのペットボトルが何本もある。

 ダイレクトメールやチラシや重要書類がごちゃまぜになってテーブルを占拠している。

 洗濯してない服と、仕上がったけど畳んでない服と、干されたままの洗濯物がとにかく部屋中を覆っていてカーテンも開けられない。

 水回りは誰も信じてくれないが潔癖なところがあって、逆に掃除ができないままで、行くたびに自尊心が削られていく。

 布団はもうずいぶん干してないし、洗ってもないどころか、未開封の通販の段ボールが足元を占拠していて足を伸ばして眠れない。

 ゴミ捨てのタイミングを逃して何週間分かたまっていて、コバエが発生している……。

 いかがでしょう。こんなギリギリの生活を送りながらも、外では「シゴデキ」に振る舞っているのですから、本人は心で泣いています。どちらがほんとの自分なのか今更わからない、生きづらい状況です。

バッグがいつもパンパンで、必要な物が見つからない……。そんなお悩みはありますか?=イラスト・中島美鈴

 こんな方のバッグの中も、部屋と同様な困りごとがぎゅっとつまっています。

肩に食い込む重たいバッグ 対策は?

 いつも大きなバッグに、めったに必要ないはずの避難グッズや予備の着替え、いくつも買い足していつの間にか増えている充電器などが入ってパンパンなのですね。だから肩に食い込んで、全身が痛い。

 自転車の鍵も、印鑑も、名刺も、レシートも、食べかけのパンも、大切な振込用紙も全部がバッグの中にごちゃごちゃに詰め込まれていて、いつも必要な時に見つからず、ぐちゃぐちゃに曲がって汚れたりするのですよね。

 その他にも充電されていないスマホ、駅の改札前でスムーズに取り出せないICカード、コンビニのレジでみつからない財布……。

 ADHDの方のバッグの困りごとは多く、それらが神経心理学的基盤と関連していることを前回お伝えしました。今回は対策編です。

リュックのファスナー閉め忘れ

 リュックのメインポケットや小さなポケットが開いたままですと、中身が飛び出て落ちてしまって危ないですね。「ファスナーを閉める習慣をつける」ができれば苦労はしませんが、たとえばダブルファスナーのパーツをふたつ合わせるとハートができるような、閉めたらなにか面白いことが起こる仕組みがあるといいですね。

 一方で、閉め忘れても落ちない仕組みを作っておくのはいかがでしょう。たとえば、財布やICカードなど貴重品はバッグのフックのようなパーツにキーリングやリールのようなものでつなげておくのです。使うときだけびよーんと伸びて便利です。

  • ファスナーを閉め忘れ… ADHDの人が陥りやすいバッグの困りごと

とりあえずバッグの中に放り込むので、バッグの中で探し物ばかり

 バッグの中に上から順に物を入れていくと、先に入れたものがどんどん下に沈んで、上から物が重なっていきますね。できれば「ここには財布、ここにはスマホ」と物の住所を決められればいいのですが、ポケットがない、構造化されていないバッグではこれが難しくなります。

 できればポケットがいくつかあって、それが透明で「あ、あそこに財布がある」と一目見てわかるような状態だと、物がカバンの中で動きませんし、すぐに取り出せて戻しやすいです。

いちいちバッグの中身を入れ替えないのでいつも荷物が多い

 先日東京でADHDがある人のためのバッグのイベントを行ったのですが、その時に多かった質問で「TPOやファッション、その日の気分に合わせて、バッグを替えたい。でもその度に何か忘れ物をしてしまう」というものがありました。

 バッグインバッグですと、スマホや財布といった基本アイテムがひとまとまりになっているので、バッグの入れ替えがスムーズになりますね。でも向き不向きもあります。

 ちなみに私はスマホほどの小さなバッグが好みなので、バッグインバッグは使いません。ミニマムなバッグに合わせて財布をスリムなものにして、家の鍵を指紋認証にして持ち歩かなくしてみました。現地調達できるもの、人に貸してもらえるものは持たないという日もあっていいのではないでしょうか。

いちいち元の場所に戻すことより目の前のことで精いっぱい

 使ったものを元に戻しなさいと小さい頃から言われてきましたが、これはADHDの方にはなかなか身につかないようです。私もですが。ですので、「元に戻しやすいしくみ」が必要で、これがバッグ側にあるといいのではと思うのです。

 常用の薬やメイク道具、歯ブラシなどはポーチのような小分けのものに入れたくなるかもしれません。しかしポーチのファスナーを開く、道具を使う、また戻して、ポーチのファスナーを閉めるというプロセスがきっと煩わしくなるのです。

 もしもバッグに透明のオープンポケットがついていて、「あ、歯ブラシがある」とすぐにわかって1アクションで取り出すことができて、また1アクションで戻すことができれば楽ですね。面倒臭さが減ると思いませんか?

 ちなみに私はその道具の場所にシールを貼ってどこに戻すべきかわかりやすくしておく工夫を最近始めたのですが、これは予想よりかなりよかったです。適当に入れ込みたくなる気持ちを「ここだよ」と誘導してくれる役割を果たすのです。

液体が漏れるなど汚れているけど洗うのは先延ばし

 水筒やペットボトル、お弁当などから液体がこぼれ出して、大切な書類を汚してしまったり、バッグそのものが汚れてしまったりという苦い経験はありませんか。撥水(はっすい)加工、汚れの目立たなさ、手軽に洗える素材(ナイロンなど)を選んでおくといいでしょう。また、ぬれた物が入れられる外側に独立したポケットがついていれば、大事な書類を守ることができます。

とにかく重くて肩や腰が痛くて疲れる

 バッグに入れるものを減らすように勧める友人はたくさんいたはずです。それでもあなたのバッグがまだ重くて、どのアイテムも重要な気がしていたら、アイテム数を減らすだけでなく、より軽量のものに変更するのもありでしょう。傘、財布、充電器などは見直すとずいぶん軽くなります。

過去の忘れ物体験から必要以上の持ち物がないと不安

 これまでの失敗経験から、たくさんの物を持って備えておきたい気持ちがあるでしょう。しかし、バッグの容量も体力も限界があります。現地調達できるもの、人に貸してもらえるもの、めったに必要がないものは減らします。そうするとカバンに入れるのはスマホ、身分証、処方薬でしょうか。

いつもギリギリで走るので中身が飛び出る

 駅まで大急ぎで走るのが日常で、これまでほとんど歩いて通勤したことがないという方は意外に多くいます。走るのを前提にした、背負うひもが前で留めて固定できるなどのデザインのバッグを選びましょう。

ADHDの特性がある人たちの、バッグの困りごとは=中島美鈴さん提供

どこに何を入れたか忘れてしまう

 ADHDの特性があると、脳のワーキングメモリーの問題から、見えないものはないのと同じになってしまいます。カバンの不透明のファスナー付きポケットに入れるのは危険です。一目で見てわかる透明やメッシュ素材のポケットに入れて見えるようにしておきます。

ゴミが発掘される

 最近はゴミ箱の設置が減りましたね。ADHDの方々の中で人気の解決法は、ゴミ袋を持ち歩いてそこにいれていく、ごみ専用ポケットを作ってしまう、ジップロックを持ち歩くでした。特にジップロックなら液体まで漏らさないことで信頼されていました。

出し忘れた書類も発掘される

 投函(とうかん)すべきはがきや封書、提出書類に、振込用紙などを入れたままで忘れてしまうことがあるようです。目的地が近ければ手に持つことを推奨しますし、バッグに入れるのなら重要書類専用の透明ポケットを固定するか、一番上に収納して見えるようにしておきます。

バッグの中で目的の物を見つけられない

 たくさんの物の中から、目的の物を見つけ出すには、注意を持続させながら、多くの刺激から所定の物を区別し続けて、探すという能力が必要ですがADHDの方はこれが難しい傾向にあります。だからこそ物の住所がないと見つからないのです。収納場所を決めるために、ラベルを貼るのも手です。

 ぜひお手持ちのバッグで試していただければうれしいです。また、これらの対策がすべてできる仕様のADHDバッグを監修しましたので、ぜひご覧ください。

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 このコラムの著者がADHDバッグを監修しました。詳しくはこちらから。https://kabag.jp/pages/adhd?ref=nak

〈臨床心理士・中島美鈴〉

 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。

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