2025年6月24日、竣工(しゅんこう)した江原道の元山葛麻海岸観光地区を見て回る金正恩氏(中央)と娘。朝鮮中央通信が報じた=朝鮮通信

北朝鮮は最近、ロシアとの協力を誇示し、海沿いのリゾート施設で楽しむ市民の姿を公開しました。一方で、各国の調査や脱北者の証言を積み重ねると、北朝鮮が長く自称する「地上の楽園」の表と裏が浮かび上がります。最新情勢を5回の連載で伝えます。

 朝鮮中央テレビは6月26日、珍しい光景を映し出した。日本海側の元山地区にオープンしたビーチリゾートの竣工式に、豪華なクルーザー1隻が到着する。乗降口では金正恩(キムジョンウン)総書記の妻、李雪主(リソルチュ)氏が崔善姫(チェソンヒ)外相とおしゃべりをしていた。奥から正恩氏と10代に見える少女が登場すると、李氏と崔氏は慌てて後ろに飛びのいた。6月24日、「元山葛麻(ウォンサンカルマ)観光海岸地区」の竣工(しゅんこう)式の日の出来事。少女は、西側メディアが「キム・ジュエ」と呼ぶ、正恩氏の娘だ。

2025年6月24日、北朝鮮・江原道の元山葛麻海岸観光地区の竣工(しゅんこう)記念公演を鑑賞する金正恩朝鮮労働党総書記(右)と娘。朝鮮中央通信が伝えた=朝鮮通信
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 「長幼の序」など儒教思想が残る北朝鮮で、子どもが親を差し置く行動は考えられない。同時に、北朝鮮では過去、権力継承の過程で「指導者と後継者」という構図を映像や写真で際立たせてきた。李雪主氏がメディアに登場したのは1年半ぶり。母親が不在の間、正恩氏とジュエ氏の2人は繰り返し、公の場に登場していた。「指導者と後継者」だという位置づけを定着させる狙いがあったようだ。

 拍手をする場面でも、ジュエ氏は一方の手のひらだけを動かし、もう一方の手のひらを軽くたたくようなしぐさを見せた。過去、最高指導者や後継者だけにしか見られなかった動作だ。情報機関の韓国中央情報部(KCIA、国家情報院の前身)で長く北朝鮮を担当した康仁徳(カンインドク)元韓国統一相も「現時点では、ジュエ氏が後継者だろう」と語る。

順序を踏んでいく後継作業

 現地指導の際、ジュエ氏に独自の説明係はついていない。報道でジュエ氏の発言はおろか、名前も明かされていない。日米韓など関係国はジュエ氏が2012年秋から13年初めにかけて生まれたとみている。

 後継作業には順序がある。親しい側近だけが存在を知る時期から始まり、徐々に国民に存在を意識させる。公式に朝鮮労働党や政府で活動を始めても、金正日(キムジョンイル)総書記の場合は「党中央」、正恩氏は「青年大将」という呼称を使い、神秘性を高めた後に公式に登場した。

 ジュエ氏は党や政府の公職に就いていない。今は国民に後継者としての存在を認知させる作業に全力を挙げている段階のようだ。ジュエ氏は5月以降、ロシア政府関係者が出席する外交行事にも参加し始めており、今後、金正恩氏の外遊に同行する可能性もある。

 なぜ、公職にも就いていない…

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