熊本県錦町の山本シツ子さん(87)は、2020年7月の熊本豪雨で最愛の娘を失った。
娘が変わり果てた姿で見つかった建物は泥がかき出され、街は一見すると復興に向かう。
しかし、目前に迫る死の恐怖を電話で伝えてきた娘の声は今も耳に残る。
「あのとき、何もできなかった」
4日で、それから4年。過ぎゆく月日とともに、悔恨が募る。
熊本県人吉市の飲食街に並ぶ居酒屋やバーの店内から笑い声が響く。20年7月4日、一角にある2階建てビルの1階で、山本さんの長女、平田千恵美さんが遺体で見つかった。
前日の3日夜、人吉市や一帯を線状降水帯が襲い、4日午前4時50分には大雨特別警報が発表された。
午前8時か、9時ごろだった。24時間最大雨量が平年の7月の1カ月分に迫るくらい、降っていた時間帯だ。隣町の山本さん宅の電話が鳴り、受話器から泣きじゃくる声が聞こえてきた。
「もう、自分は死ぬかもしれん」
声で千恵美さんだと分かった。この一言だけを残し、電話は突然切れた。
娘の身に何があったのか。心臓の鼓動が激しくなった。
この頃、人吉では異変が起きていた。
千恵美さんは、ビル1階で営んでいた「スナックちえみ」にいた。前夜の営業を終えたあと、店舗内にいたらしい。
ビルは、球磨川や支流の山田川に挟まれた所にある。大雨で川からあふれ出した、茶色く濁った水が押し寄せた。
一帯は2階まで浸水した所もあり、屋根に上がって助けを求める人たちが相次いだ。
千恵美さんは水圧でドアが開…