終局後に入った対局室の空気は、少し冷たかった。
藤井聡太叡王が常に手元に置いているデジタルクロックをのぞき込むと「19・8度」と表示されている。やはり、いつもより室温は低い。
藤井の耳は真っ白だった。
一方、伊藤匠(たくみ)七段の耳は真っ赤だった。
勝者の顔は紅潮していた。
危険が潜む終盤戦で決着をつけてから、まだ2分も経っていなかった。いつも静かでクールな21歳は、まだ勝負の熱の中にいた。価値ある勝利の確かな実感が伝わる表情だった。過去、一度も見たことのない姿だった。
20日、石川県加賀市で指された第9期叡王戦五番勝負第2局は、挑戦者の伊藤が熱戦を制して1勝1敗のタイとした。
ただの1勝ではなかった。デビューから続いていた対藤井戦の未勝利を12で止め(1持将棋を含む)、3度目のタイトル戦で初めての白星を挙げたのだ。
昨秋から竜王戦七番勝負で0勝4敗、棋王戦五番勝負で0勝3敗1持将棋。いずれも藤井に屈し、叡王戦でも開幕局を落としていたが、ついに敗北の連鎖を断った。
最も得意とする先手角換わりで臨んだ本局は、序盤での藤井の変化から未知の戦いになった。
わずかなリードを奪った後、両者1分将棋に突入した最終盤は難解を極めたが、藤井が張り巡らせた逆転への罠(わな)を看破して投了に追い込んだ。
好局を展開しながらも最後の最後に競り負けてしまう過去の勝負とは違った。
なぜか思い浮かんだのは、2…