Smiley face
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弟の拓さん(左)と母のヨシさん=中村政子さん提供
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 幼き日、雪の中できょうだい一緒に遊んだ。自分たちの体に「原爆」が居座っているなど、思ってもみなかった。

 中村政子さん(80)は3歳から北海道三笠市で暮らしている。

 5歳のときに弟・拓(ひろむ)さんが生まれた。左右の足の長さが違い、背骨は曲がっていた。

 成長すれば治ると思った。しかし、症状は年々悪化。車いすがなければ移動できなくなった。

 母・ヨシさんは、各地の病院に連れて回ったが、「小児まひ」「筋萎縮症」「遺伝では?」。診断名は定まらなかった。

 政子さんや弟妹は「うつる」「近寄るな」と周囲から中傷された。拓さんは養護学校に通ったが、いじめられた。

 ある日、拓さんが学校近くの川でおぼれた。両親には事故と説明していたが、政子さんだけには打ち明けた。

 「自殺しようと思ったんだ」

 年を重ね、寝たきりになる拓さん。母はつきっきりで看護した。母が過労で倒れた3週間は、政子さんが代わった。

 弟は夜、痛みに耐えかねたように、寝言で「ゔああ」と尋常ではないうなり声を上げていた。

 それでも「生きるって素晴らしいことだね」とつぶやき、その数日後、21歳で息を引き取った。急性肺炎だった。

 原爆の影響の可能性があると知ったのは、10年後のことだ。

 三笠市に住む被爆者が、被爆…

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