スマホには、SNSには、言葉があふれている。でも、私たちは最も「わかりあえない」時代を生きていると、小説家で映画監督・プロデューサーの川村元気さんは話します。人を傷つけるためにばかり使われる言葉に希望はあるのか。川村さんは新刊「私の馬」(新潮社)で、横領した金をつぎ込み、馬との関係を築いていく女性を通じて、言葉のないコミュニケーションの可能性を描きます。言葉とは、お金とは、幸せとは何か。物語を通じて問いを投げかけてきた川村さんに聞きました。
――2020年のはじめ、数億円を着服して馬の購入に充てたとして、60代の女性が業務上横領容疑で逮捕されました。新作はこの事件に着想を得たそうですね。
対象が馬というのはとてもユニークで、何が起きていたのだろうと気になっていました。
コロナ下で、多くの友人が猫や犬を飼い始めました。もしかしたらこの女性も、言葉のないコミュニケーションに魅力を感じていたのかなと。
一方で、自分はスマホを見る時間が増えていった。SNSには相手を傷つける嫌な言葉ばかりなのに、見続けてしまう。スマホから、言葉から、自由になりたいという思いがありました。
そういうなかで、一風変わった事件だったけど、友人や、自分の生活実感とつながっていると感じました。嫌なものから逃れたはずの女性が、結局お金というきわめて人間的なものにとりつかれてしまう。そこで、物語がつながっていきました。
――これまでの川村さんの小説に共通するテーマは「幸福論」でした。新作は「人間と動物の幸福論」ということになるのでしょうか。
書いているうちに「動物としての人間の幸福論」になっていきました。動物としての人間にとって大事なことは、誰かとつながっている実感だと思います。そのために言葉があるのに、最近はメール1本、LINEの一言で済ませてしまい、言葉を尽くしたり、相手の表情を感じたりする時間が減ってしまった。
今回、取材で馬に乗りました。言葉はなくても、情報量はすごく多い。圧倒的なコミュニケーションの実感がありました。これこそ、主人公の瀬戸口優子が体験した世界だったのかもしれない。それは、動物としての人間が持っていた幸せな時間だったのだと思います。
例えば友人といて楽しいときは、内容のあることをしゃべっているんじゃなくて、謎のグルーブが発生してゲラゲラ笑っている。とても動物的な感覚だと思います。
10月25日から31日まで開かれる国際シンポジウム「朝日地球会議2024」のセッション「『8がけ社会』を生きる」(26日、東京ミッドタウン八重洲カンファレンスでリアル開催)に川村さんが出演します。リクルートワークス研究所の古屋星斗さん、作家の九段理江さんとともに、未来を前向きに生きるヒントを考えます。参加ご希望の方は公式サイト(https://t.asahi.com/digital1)から登録をお願いします。
「一生懸命しゃべる」ホストに感動
――言葉のないコミュニケーションには、希望があるのでしょうか。
自分の中で、言葉のないコミュニケーションにあこがれる気持ちと同時に、人間はもう一度言葉を取り戻さなければいけないっていう警報が鳴り響いていました。
作中に出てくるホストの男性…