明け方の風景をカメラに収めようと訪れた人たち=2025年4月14日、津市美杉町、溝脇正撮影

国の名勝で「日本さくら名所100選」にも選ばれている「三多気(みたけ)の桜」(津市美杉町)。棚田に映り込む桜とかやぶき屋根の風景が人気で、桜が開花する4月上旬には、日本の原風景を求めてカメラを携えた花見客が全国から訪れる。

 淡いピンク色の花を映し出す棚田は耕作放棄地で、景観のためだけに毎年、水を張っている。2年前に亡くなった西村千春さん(享年77)は、妻の宮子さん(73)と15年ほど前まで米を作っていたが、減反と水確保の苦労もあって耕作をやめた。しかし、地域の要望を受けて桜の時期に限り10年以上水を張り続けた。3年前に高齢と病気が重なってリタイアしたが、2023年からは、平均年齢65歳の集落の「若手」を中心に、約10人が参加する名勝「三多気の桜」景観保全会(田中稔代表)が作業を引き継いだ。

 メンバーは、中古車販売業や自動車整備工、農林業などで専業農家はいない。3月に入ると、仕事の合間を縫ってトラクターで田を耕し、近くの小川からホースを使って少しずつ水を入れ始める。作業は年々重荷にもなっているが、周囲の要望や期待に応えるため、使命感や責任感をもってほぼ手弁当で名勝の管理に力を合わせている。

 「あと10年続けられたら」。かやぶき屋根の古民家を所有する田中代表(69)がつぶやく。保全会メンバーの高齢化は避けられず、後を継ぐ若者も少ない。「今後10年間、この風景を発信することで、応援してくれる人が来てくれるとうれしい」と話す。古民家には、母親の彌生さん(93)が一人で元気に暮らしている。いずれは、ここを拠点に活動してくれるグループに家を譲りたいと考えている。

 昨年、移住を希望する千葉県の30代の女性が、夏に寺子屋として利用したいと申し出てくれた。将来に備えて2年前に屋根をふき替え、ガス風呂と水洗トイレに改修、Wi-Fiも設置した。「ハイキング・登山の拠点や冬空観察会など、ここで楽しく活動しながら、棚田の風景を守ってくれたらありがたい」と集落の存続に期待を込める。

 今年も国道368号から真福院山門までの約1.5キロメートルの参道に植えられた約500本のヤマザクラが咲き誇った。宮子さんは「遺志を受け継いで地区のみなさんが力を合わせてくれているので、夫も喜んでくれていると思います」と話した。

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