平城京跡で出土した瓦敷きの遺構。右側に白い線で並んでいるのが、掘立柱列とみられる柱穴跡=奈良市杏町、塚本和人撮影

 奈良市杏町の平城京跡で、瓦と石を敷き詰めた遺構がみつかった。奈良県立橿原考古学研究所(橿考研)が24日発表した。寺院に関連する施設跡の可能性が高く、歴史書に記録がない奈良時代の未知の古代寺院跡とみられ、注目されそうだ。

 橿考研は5月末から、平城京の南側「左京八条一坊十坪」にあたる京奈和道建設予定地(約1560平方メートル)を発掘調査。南東隅で高さ約30センチの土壇状の高まりがみつかり、その上面に南北約15メートルにわたって、西側に1辺15センチ程度の平瓦の破片を中心とした瓦の列、東側にはこぶし大の石の列が並び、その約45センチ幅の間に砕かれた瓦と小石、凝灰岩が敷き詰められていた。遺構のすぐ東側では、遺構に平行して掘立柱(ほったてばしら)列の柱穴が南北方向に9個みつかった。

 橿考研によると、遺構を構成する瓦片は、いずれも奈良時代前半のものとみられ、奈良時代中期以降に転用されたようだ。遺構の周辺には建物跡がみつからず、貴族の邸宅のような宅地でなかった可能性が高い。

周辺からも仏教的性格の強い痕跡が

 今回の調査地のすぐ南側では…

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