トーベ・ヤンソン 遊び3(アウロラ病院小児病棟の壁画のためのコンペティション用スケッチ) 1955年 ヘルシンキ市立美術館蔵 ©Moomin Characters™ Photo©HAM / Hanna Rikkonen

 示唆と幻想に満ち、ちょっぴり皮肉も利いたムーミンの世界。そこには、作者のトーベ・ヤンソン(1914~2001)の人生や価値観が色濃く映し出されていた。小説出版80周年を記念した「トーベとムーミン展」(朝日新聞社主催)では、芸術家として再評価が高まるトーベの創作の魅力を味わうことができる。

  • 「トーベとムーミン展」公式サイト

 唇をすぼめ、鑑賞者の視線を意に介さず煙草(たばこ)をくゆらす女性。ヘビースモーカーのトーベが20代半ばに描いた「煙草を吸う娘(自画像)」からは、芸術家としてのアイデンティティーを固めた、静かな自信が伝わってくる。

 彫刻家の父と挿絵画家の母の元に生まれたトーベは、幼い頃から画家を夢見ていた。

 画業初期には色彩豊かな油彩で風景画や静物画などを手がけた一方、第2次世界大戦中には政治雑誌の挿絵として、後の「ムーミン」シリーズを思わせるタッチの反戦風刺画も制作。題材によって、絵画とイラストの技法を自在に使い分けていた。

 戦後の復興期には、新しく建てられた公共施設の壁画制作に精力的に取り組む。その多くは、暗い記憶を振り払うかのように、幻想的なおとぎ話の世界を題材としていた。

 たとえば、小児病棟の階段横の壁に描かれた「遊び」。優しいパステルカラーのスケッチを見ると、ムーミン谷の住人たちが楽しげに階段を駆け上がり、人間の子供たちに花束や贈り物を手渡そうとしている。

 なかには階段の途中で立ち止まったり、キリンの背中から転げ落ちたりしている子も。元気に跳びはねることのかなわない幼い鑑賞者にとって、彼らは共感できる存在となったのだろう。

 ユートピアを描く壁画家としてのトーベの姿勢は、小説「ムーミンパパ海へいく」にも表れている。荒涼とした島の生活から逃れるため、ムーミンママは灯台の壁にバラの花やリンゴの木などの絵を描いた。

 「現代の反抗的なアーティストのように、彼女は装飾的な壁画を描くことで、置かれた状況にあらがっているのです」と、ヘルシンキ市立美術館キュレーターのヘリ・ハルニさんは話す。

キャラクターと重なる人物は

 ムーミンの物語にはしばしば、トーベの家族や大切な人に似たキャラクターが登場する。旅や冒険を愛し、自己中心的だが魅力的なムーミンパパは、彼女の父ヴィクトルのよう。「たのしいムーミン一家」に出てくる、互いにしか分からない秘密の言葉を話すトフスランとビフスランには、トーベと恋人の女性ヴィヴィカの関係が重なる。

 当時のフィンランドでは、同性愛は違法とされていた。「追っ手から逃げていた2人は最後にムーミン谷の仲間たちに受け入れられ、パーティーに加わる。平等と寛容さを祝福する物語でもあるのです」とヘリさん。

 ムーミンシリーズの執筆は1940年ごろ始まり、初期作品にはトーベの戦争体験が反映された。迫り来る彗星(すいせい)が原爆を思わせる「ムーミン谷の彗星」は、46年の初版出版後に2度改訂されている。

 背景に使われた淡彩のにじみが不安な空気を伝える初版の絵と、シリーズの他作品と同じシャープなドローイングに変更された改訂版の絵を、展覧会では見比べることができる。

 「ムーミン谷の十一月」の原稿を書き上げた直後、トーベは最愛の母シグネを亡くす。この本のために全83点もの挿絵を描く作業は、彼女にとって喪失を癒やす過程の一部となった。

 シリーズ最後の作品となったこの物語に、灯台の島へ行ってしまったムーミン一家は登場せず、谷に残された仲間たちが静かに彼らを懐かしむ。

 孤独や恐怖に立ち向かうこと、仲間と助け合うこと、別れを受け入れること。

 ユートピアを通して描かれるテーマは、複雑な現実に立ち向かうトーベ自身の切実な祈りだったのかもしれない。だからこそ私たちは、何度でもムーミン谷を訪ねたくなるのだろう。

「トーベとムーミン展」16日から

 ◇16日[水]~9月17日[水]、東京・六本木の森アーツセンターギャラリー。午前10時~午後6時。[金][土]および[祝]前日は午後8時まで。入館は閉館の30分前まで。会期中無休

 ◇一般・大学・専門学校生2300円、高校・中学生1500円、小学生800円([土][日][祝]は一般・大学・専門学校生200円増し、ほかは100円増し)。[土][日][祝]および8月12日[火]~15日[金]、9月16日[火]、17日[水]は日時指定の事前予約が必要。各日の入場時間枠の上限に達し次第販売を終了

 ◇ハローダイヤル 050・5541・8600、公式サイトhttps://tove-moomins.exhibit.jp

 ◇10月1日~11月24日 北海道立近代美術館、2026年2月7日~4月12日 長野県立美術館ほかに巡回

 主催 朝日新聞社

 企画協力 ヘルシンキ市立美術館

 後援 フィンランド大使館

 協賛 インペリアル・エンタープライズ、NISSHA

 協力 ライツ・アンド・ブランズ、S2、フィンエアー、フィンエアーカーゴ、TOKYO MX

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