「あのね、ママ」
「ママ、聞いてる?」
何度も呼ばれたのに、あの頃、いつもどこか上の空だった。一人娘と自分だけの日々は、愛(いと)おしくて、時々、息苦しかった。
でも、今になって、思う。
もっと、話を聞いてあげればよかった。一緒に遊んであげればよかった。もっと、もっと。
静岡県富士宮市の主婦、皆藤京子さん(62)は、今も思い出す苦い記憶がある。
娘が小学2年生くらいだったか。突然「お手紙ごっこ」なるものが始まった。
出窓に、家をかたちどった手作りのポストが置かれた。差し出し口も取り出し口もある。
「ママ、お手紙ちょうだいね」
手紙を入れると、すぐに娘が取りに行き、「ママ、ポスト見て」。返事がすぐ返ってくる。
《今日は、学校で何があったの?》《夕食は何が食べたい?》
何げないやりとりをかわした。
ある日、また手紙が届いた。
《ママ、このごろいつも、どこにお出かけしてるの。たまにはおうちでゆっくりしなさい》
胸が詰まった。
21歳で結婚し、22歳で出産。独身の友人も多く、誘われるとよく遊びに行った。娘が小学校に行っている間なら出かけられる。でも、楽しくなって、娘より遅くなってしまうこともあった。
手紙の言葉に、いたたまれない気持ちになった。
お手紙ごっこは、1年ほど続いた。最後にボロボロになったポストを捨てた記憶があるので、相当やりとりを続けたのではないかと思う。
当時の娘は、たくさん話をしてくれた。
国語の教科書で素敵な話を聞いたから、ママに読んであげたいと思ったこと、間違えてママのタオルをランドセルに入れていったら、ママの匂いがいっぱいで良い気持ちだったこと。
今でも思い出せるのに、その時は、やらなければいけないことばかりが頭にあって、ちゃんと聞いてあげられなかった。
娘は、少しずつ大人になり、無邪気に母を求めることは減っていった。悩みがあっても、口には出さず、自分で解決していくようにもなった。大学生になると、映画や買い物、好きなアーティストのライブにも一緒に出かけるようになった。
2019年春、娘から突然の報告を受けた。
一緒に映画を見に行ったのに、口数が少ない。
「どうしたの?」と尋ねると、少し間を置いて、静かに答えた。
「あのね、私、結婚する」
しばらく言葉が出てこなかっ…