甲子園大会で春夏通じて23年ぶりの8強入りを果たした広島商には、ベンチにキーパーソンがいる。
学生服に身を包んだ記録員の加藤颯太(3年)。選手から主務に転身し、チームの士気を高めてきた。
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練習で野球道具は持たない。ボールペン、ポケットに入る小さなノート、タイマー。荒谷忠勝監督の指示を書き留め、練習を管理し、手を抜く部員にげきを飛ばす。
「本当はそんな厳しいキャラではないんですけどね」
もともと、対話を重ねて投手の良さを引き出す捕手だった。ミーティングで発言することも多かった。高校2年の夏、そんな加藤の姿を見ていた荒谷監督から言われた。
「自分の言葉で人を動かせる力がある。ベンチにいてほしい」。最上級生の1人が務める主務を打診された。「加藤がやってくれれば日本一になれる」「加藤のチームを作ってほしい」。チームの底上げに主務の役割がどれだけ大切かを熱心に説かれた。
断ろう、と思った。監督に頼られたうれしさより、選手をやめなければいけない悔しさが上回っていた。
そして、何より大きかったのが「両親に申し訳ない」という思いだった。
生まれつき両耳の聴力が弱く、補聴器をつけなければ会話は難しい。ただ、聴力を理由に何かをあきらめることを、母・裕子さんは嫌った。両親や周囲に、主務になるのは聴力が理由だと思われたくはなかった。
自宅で母に相談した。監督から言われたことを説明するだけで、涙があふれた。母も泣いていたが、「応援することは変わらんよ」と言ってくれた。沈んでいた気持ちが楽になった。自分にしかできないことがある、と主務を引き受けた。
はつらつとプレーする部員を見て、気持ちが揺らぐこともあった。でも、中途半端な気持ちでは日本一に届かない、と自らに言い聞かせ、朝一番にグラウンドに向かう。「今日が最後だと思って、毎日を全力でやりきってほしい」。全力疾走を怠る部員には「妥協するな」と叱った。
嫌われ役に徹しても、3年生を中心に部員たちは「加藤の分までやらないといけない」とついてきてくれた。監督からの指示が聞こえないときは、周りの部員が気づいて教えてくれた。
チームは攻守で隙がなく、昨秋の明治神宮大会で準優勝。今大会は優勝候補の東洋大姫路(兵庫)を破った。荒谷監督は「チームの精神的な支柱は加藤」と言い切る。
部員数は出場校で最多に並ぶ81人。練習着で白一色の部員のなかで1人、主務の証しである赤い帽子をかぶる。そんな〝紅一点〟が、広商野球を支えている。