夏の全国高校野球選手権大会史上初めて、不祥事による途中辞退となった。広陵高校(広島)が10日、2回戦からの出場辞退を決めた。過去に部内で起きた暴行事案と、それをきっかけにしたSNS上での批判や誹謗(ひぼう)中傷を重く見た結果となった。
広陵の校長「選手は失意のどん底だったと思う」
「部活動においても、いかなる暴力も認めないことを掲げてきたが、今回の事態を招いたことは誠に遺憾で、じくじたる思い」
10日昼、広陵の堀正和校長は出場辞退を申し入れた後、兵庫県西宮市内で記者団にそう語った。選手たちに辞退を伝えたのは9日夜で、「選手は失意のどん底だったと思う。心を立て直すことはまだ厳しい状況」と説明。SNSでの批判などを把握していたかどうかを尋ねられると、携帯電話を大会に持参していないとして「何もわからない状態だったと思う」と話した。
堀校長は記者団に対し、学校が部の運営体制や環境を調査する間、中井哲之監督が部の指導から外れることも明らかにした。堀校長自身も、広島県高校野球連盟の副会長の辞任を申し入れ、受理された。
大会中の出場辞退という異例の展開を招いたのは、学校側が指導を済ませたとした案件だった。
学校側の説明によると、暴行事案があったのは1月22日。当時の1年生部員が部で禁止されているカップラーメンを寮内で食べたとして、上級生から暴行を受けた。学校側の事実確認に対し、2年生4人が暴行を認めたという。
学校は県高野連を通じて日本高野連に報告し、日本高野連は3月に「厳重注意」をした。
厳重注意は、学生憲章に基づく規則で原則公表しないと定められているため、当時は高野連や学校からの発表はなかった。暴行を認めた4人に対しては1カ月以内に開催される公式戦には出場しないよう指導した。
だが、今月5日の大会開幕直前、暴行事案に関する情報がSNS上で拡散。初戦前日の6日、学校は初めて事案を公表した。
被害者側の主張やSNS情報との食い違いも明らかになった。
被害生徒は3月末に転校したが、保護者は「学校が確認した事実関係に誤りがある」と訴え、5月まで協議を継続。関連して、学校側の調査では暴行行為に関わった上級生が4人だったのに対し、SNS上では「10人以上」とされ、調査で確認できなかったとした暴言も拡散された。
この点について、堀校長は出場辞退を表明した後、記者団に「被害生徒の親御さまと硬式野球部長のやりとりの途中経過がSNS上に上がった。(SNSを)見られる方はそれがすべてだと思われた。その違いが生じたことで多くの問題が出たように思う」と説明した。
試合当日の7日には、別の暴行事案の情報がSNS上で広がった。内容は、元部員が監督とコーチ、一部の部員から2023年に暴力や暴言を受けたとするものだった。対応に追われた学校が、第三者委員会が調査を進めていることを文書で明らかにしたのは、試合終了直後の同日夜だった。
大会会長 記者会見でコメント
広陵の辞退を受けて、大会本部が記者会見を開き、角田克・大会会長(朝日新聞社社長)は「大変残念でありますけど、学校の判断を受け入れることにしました。選手をはじめ、大会に関わるすべての皆様、ファンの皆様にご心配、ご迷惑をおかけしておりますことを深くおわび申し上げます」と謝罪した。
そして、「暴力や暴言をはじめ、部活動での指導者と選手あるいは選手間の理不尽な上下関係を撲滅していきたいとの姿勢を改めて心に刻み、大会の運営を行って参ります」と話した。
SNS上では暴力行為について真偽不明の情報も広がっている。角田会長は「事実かわからないことをもとに誹謗中傷を繰り返すことは慎んでいただくようお願いしたい」と話した。
また、今年6月にスポーツ基本法が改正され、暴力やインターネット上の誹謗中傷といった「暴力等の防止」が明記されたことに触れ、「私たちも日本高野連の皆様と一緒になって、どういうことができるか、ともに歩んでまいりたい」と述べた。
宝馨・大会副会長(日本高校野球連盟会長)は「暴力事件や不祥事が発生してしまう土壌、原因をなくしていかないといけない」と話した。
学校側の対応にSNSで批判 専門家の見解は
広陵の堀正和校長は、日本高野連から3月に厳重注意を受けた部員間の暴行事案や、学校側が6月に設けた第三者委員会で調査を進めている別の暴行事案について、「新しい事実が発覚したわけではない」と強調した。それでも、SNS上では広陵に対する不信感から、批判が日に日に高まった。
問題が大きくなった要因の一つは、広陵の被害者への対応が不十分だったことだ。
堀校長は、1月に部員間の暴行が発覚した後の被害者の保護者とのやりとりについて、「なぜもっとお互いが了解しあえる対応をしなかったのか。私自身も一つ一つの事案を細かく確認できなかった。これが大きな問題だと思っている」と悔やんだ。
スポーツ界の誹謗中傷問題に取り組む冨士川健弁護士は、今回の問題の詳細が分かっていないことを前提とした上で、広陵側の発表とSNSで流れている情報との差が、世間の疑念を呼んでいる面について、「事実がわかっていない中で生徒を処分できないということへの理解を求めつつ、学校の認識と違う新情報についてしっかり調査し、問題に真摯(しんし)に取り組むという姿勢をもっと示してもよかった」と話した。
また、SNSの影響について「届かなかった人の声が届くというプラスの面がある」とする一方で、「うそを発信してしまえば、法的責任を問われうる」と述べた。事案に関係のない第三者が、事実誤認や名誉毀損(きそん)にあたる内容を拡散してしまい、法的責任を問われるケースに陥りやすいという。また、たとえ事実だったとしても、脅迫や「死ね」などの著しい人格否定は許されない。冨士川氏は「一般の人でも、事実だといえる根拠を得た上で、許される範囲かどうかを吟味して投稿しなければならない」と話す。