中学生のときから大麻を常用し、大麻を買う金欲しさに車上荒らしや侵入盗、強盗事件に手を染めた。そんな少年(19)が拘置所で1日7時間、机に向かう。初めて「勉強する楽しさ」を知ったのだという。
2月18日、佐賀地裁での裁判員裁判。弁護人が座る机には、計20冊以上のノートや小学生向けの漢字ドリルなどが並べられていた。
証言台の少年は黒の上下スーツに紺色のネクタイ姿。
昨年、他の少年たちと一緒に佐賀、長崎両県で深夜に民家に盗みに入り、住民に見つかると暴力をふるったり、特殊警棒の威力を試そうと路上で背後から高齢男性を殴りつけたりしたとして、合計10件の事件で強盗致傷、住居侵入・同未遂、窃盗、傷害、大麻取締法違反、麻薬取締法違反の罪に問われた。
前日の初公判で、少年は起訴内容を認め、この日は少年への被告人質問と両親に対する証人尋問が行われた。
弁護人「逮捕されてから勉強を始めた?」
少年「はい」
弁護人「小学校のドリルは誰が」
少年「少年審判の時に、弁護士さんから自分の学力はどのくらいか聞かれ、小学生以下と答えたら、持ってきてくれた」
弁護人「小学校から勉強をやり直したいと言いましたね」
少年「言いました」
IQ65程度で軽度の知的障害と診断された少年 一時不登校に
少年は小学生のときから全く勉強ができず、授業中に歩き回ったりかんしゃくをおこしたりした。病院で自閉スペクトラム症と注意欠如多動症(ADHD)、軽度の知的障害(IQ65程度)と診断され、カウンセリングに通った。小学校は特別支援学級に在籍したが、障害者とみられることを嫌がり、ほとんど登校しなくなった。
そんな少年が小学2年から熱中したのが野球だ。中学ではボーイズリーグのチームに入り、新型コロナなどでドクターストップがかからない限り練習を休まなかった。小学5年のころからグラブの手入れやユニホームの洗濯まで自分でした。エースを任され、小中通じてチームの副キャプテンを務めた。
そのうち学校にも行くようになった。授業は聞かず、テストには名前だけ書いて出したが、チームの監督から「宿題を出さなければ試合に出さない」と言われれば夏休みの宿題もやった。
だが、中学3年になってすぐ、後輩に手を上げ、チームにいられなくなった。学校にも行かなくなった。
仲良くなったのが、一つ下の中学の後輩だ。
その後輩の父親は大麻を吸っていた。後輩自身も吸っていた。少年も誘われた。
少年の母親は、後輩から少年を離そうとしたという。
弁護人「大麻のことは知っていたか」
母親「後輩はもともと大麻をしている子だというウワサだったので心配していた。常に疑っていたが、大麻は見つからず、(息子)本人もしていないと言うばかりだった」
中学3年の秋ごろ、少年は初めて大麻を吸った。同じころ、母親は、建設関係の仕事をやってみないかと少年に持ちかけた。父親と同じ職場で、出張も多く、後輩から引き離せると思ったのだ。学校にも相談し、卒業前に現場に入るようになった。
少年は「楽しい」と言い、遅刻も欠勤もせずまじめに作業したという。2年ほどたった17歳の秋ごろ、父親の仕事仲間の会社に転職し、実家を離れた。
だが、後輩との関係は続いた。2週間に1回程度地元に戻ると、後輩宅で大麻を吸った。翌年の秋、後輩の父親が亡くなり、後輩はおばの世話になることになった。その後、後輩からの連絡も、大麻を吸う機会も増え、少年は大麻の効き目が薄いと感じるようになったという。
10月、少年の上司から父親に、佐賀県鳥栖市にあった会社の寮から「夜な夜な出かけているようだ」と連絡があった。父親は母親に知らせ、少年を注意した。12月ごろから、母親は少年がやせてきたことに気づいた。顔色も悪い。母親は「(大麻も含めて)薬をやっている」と確信した。少年のすきを見ては持ち物をさぐった。
年が明けた2024年1月4…