2025年秋冬シーズンのパリ・ファッションウィーク(PFW)は、9日間にわたって開催された。8日目にあたる10日には日本のサカイや、韓国のロクなどのショーが開催されたほか、ジョナサン・アンダーソンがデザインを手がけるロエベの新作展示会もあった。
ロエベ
午前8時30分、滞在している右岸マレ地区のアパートメントホテルを出て地下鉄を乗り継ぎ、左岸のオルセー美術館近くで開かれているロエベの新作展示会場に向かった。近年、ファッション業界で最も評価の高いデザイナーの一人はアンダーソンだが、その彼によるロエベが今回は珍しくショーをしないという。少し前から退任のうわさが広がっており、展示会での発表だと知った時点で「やっぱりそうなのか……」と思った。
会場では短冊状に切れ目が入ったレザーのジャケットや、ドイツ人テキスタイル作家のアニ・アルバースとその夫である、抽象画家ヨゼフ・アルバースと協業した、手の込んだ生地のコートなどが並んでいる。アンダーソンは服に芸術性を落とし込む手法が非常に巧みだ。といっても、高尚な感じの仕上がりではなく、心躍るような「着たい服」の数々。皮革を中心とした質の高い素材を使えるロエベで、職人技を駆使した工芸品のような温かみのある服が多く、ゆえにファッショニスタに熱烈に支持されている。この展示会の後、やはり退任のアナウンスがあったが、最後まで力作ぞろいのコレクションだった。
サカイ
午前10時には日本のサカイのショーが予定されているため地下鉄で右岸の中心部グラン・ブールヴァールへ。ツイードのロングスカートや、ケープとベストが一体となったような服、フェイクファーのアウターに包まれたモデルたちが力強くランウェーを歩く。なんとなく「斜線」というか、バイアスのようなイメージの服を美しく見せるのがうまいと思った。腰から下ではセンタースリットのボトムスや、レザーをベルトで絞ることによってデザインをきかせたロングブーツも高い完成度だ。
終了後のバックステージには歌手の宇多田ヒカルらの姿もあった。VIPたちに笑顔であいさつを交わしつつメディアに囲まれたデザイナーの阿部千登勢は「優しさ、包まれる感覚を、この場にいるみんなと共有したかった」と語った。あったかそうなアウターで体を包み込むようなスタイリングは、そういう意図からだった。
マリーン・セル
正午からのマリーン・セルは、左岸にある造幣局博物館が会場だった。テーラードやセーラーなどが登場した後、驚かされたのはギンギラギンのドレス。よく見ると、腕時計の金属製ブレスレットを貼り合わせたような素材で出来ていた。セルはアップサイクルの服も継続的に作っており、このドレスもそうなのかもしれない。また、メダルと首掛け用の赤いリボンをビッシリと並べたようなドレスも登場した。パリ五輪と関係があるのかどうかは分からないが、全ての招待客の席には小さな箱が置かれており、中身はブランドのロゴが入ったメダルだった。
ガブリエラ・ハースト
午後1時30分、現代美術館パレ・ド・トーキョーで開かれるガブリエラ・ハーストのショーに。ここはエッフェル塔を対岸から見ることができる右岸の施設。こうしてPFW期間は1日に何度もセーヌ川を渡る日々が続く。ハーストは24年春夏コレクションまでクロエのデザインを手がけていた。自身のブランドも高級志向で、おそらくリアルなファーやエキゾチックレザーも使ったコレクション。同一ルックでスタイリングしたレザーと布帛(ふはく)の色を合わせたり、エキゾチックレザーのボトムスに、同じような色のヘビ柄のような編み目のニットと合わせるといったスタイリングも目立った。
ケンゾー展示会
午後3時、7日にショーを開催したケンゾーの展示会に。今回はショーには入れなかったが、日本のNIGOがデザインを担当していることもあり、新作の実物を見せてもらった。毎シーズンアップデートされている日本の着物から着想を得たジャケットのほか、シルクのバルーンパンツ、リボンタイのケープなど、実用的かつデザインにもこだわりを感じた。
ロク
この日最後のショーはロク。GUとのコラボが人気で、日本でも知名度が上がった韓国ブランドだ。トレンチコートを新解釈した服やバルーンスカートのルックが複数あり、こうした服づくりに自信があるのが伝わる。
ショールーム・トウキョウ
ショーを終えると、マレ地区で開かれている「ショールーム・トウキョウ」に足を運んだ。東京都が海外展開をサポートする「東京ファッションアワード」で受賞したブランドが展示会に参加しているプログラムだ。今回はミスターイット.、タナカダイスケ、ハトラ、リヴ・ノブヒコ、サトル・ササキ、タンの新作が展示されていた。担当者に聞くと、この会場を訪れるバイヤーは1日15人ほど。私が顔を出した際には、午後7時前ということもあってか、ほぼブランド関係者しかおらず、少し寂しかった。日本の若手デザイナーたちは世界的に見ても優秀なうえ、税金も投入されていることもあり、何かよりよい見せ方や広報の仕方、会場などがないものかと感じた。