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 2025年秋冬シーズンのパリ・ファッションウィーク。9日間の日程のうち7日目にあたる9日、私は4ブランドの展示会と3ブランドのショー会場に足を運んだ。

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ヴァレンティノの会場を訪れた、なにわ男子の道枝駿佑=9日、パリ、後藤洋平撮影

 出張中は時差ぼけと原稿作業のため、睡眠時間がうまく取れない。深夜0時ごろにベッドに入っても午前2時から4時の間に目が覚め、そのままパソコンに向かって朝を迎えるということがほとんどだ。

エルメス展示会

 この日も午前4時前から3時間ほど原稿を書いた後に二度寝した。同9時過ぎに再び目覚めると、前日にショーがあったエルメスの展示会が開かれているマドレーヌ寺院近くのオフィスへ向かった。

 今季はモノトーンをベースにした色づかいと高級レザーが光っていたエルメス。間近で見るとデニムにあしらわれたパイピングレザーにまで、メンズの靴に使われるような模様が施されるなど、細部にもブランドらしいこだわりを感じる。会場でモデルが着用していたのは、胸元の開いたレザーのシャツと、レザーのボトムス。その着こなしが格好よかった。ショーで何度か登場した人気バッグ「ボリード」も会場内に置かれていた。

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今回のコレクションで度々登場した人気バッグのボリード

 続いて、こちらも前日にショーを開催したコムデギャルソンのパリオフィスへ。場所は超一流ブランドの店舗やホテル・リッツがある中心地のヴァンドーム広場だ。エルメスのオフィスからは徒歩約15分。ひだの多いドレスや、凹凸の目立ったジャケットなどのショー用の服の要素が、会場に並ぶコマーシャルラインに想像以上に反映されていた。コムデギャルソンは今回から展示会の撮影が禁止になったので、この場でお見せできないのは少し残念だ。

ジュンコ・シマダ

 ヴァンドーム広場からコンコルド広場方面に5分ほど歩いたジュンコ・シマダの店舗では、新作展示会が開かれていた。ジャケットやブルゾンにチューリップスカートを合わせる上級者向けの外し方はベテランならでは。ニットやキルティングは中間色を巧みに使った柄物で、ここでも長年のキャリアで培ったセンスが光る。ここではデザイナーの島田順子本人が毎回出迎えてくれるうえ、「遠くから来てくれて、本当にありがとう」とねぎらいの言葉をかけてくれる。

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ジュンコ・シマダの展示会場では、島田順子さんご本人が待ち構えていた=9日、パリ、後藤洋平撮影
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ジュンコ・シマダの2025年秋冬コレクション=9日、パリ、後藤洋平撮影

アクリス

 この日、最初のショーはスイスを拠点にするアクリス。トレンドを敏感に察知し、高級素材で品のあるリアルクローズを生み出すことで知られるブランドだ。会場は左岸にある歴史的建造物のホールのランウェーに、シルクのセットアップやオーストリッチフェザーがあしらわれたパンプス、左右非対称なスカートなど、洗練されたアイテムが次々と通り過ぎていった。

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アクリスのの2025年秋冬コレクション=9日、パリ、後藤洋平撮影
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アクリスの2025年秋冬コレクション=9日、パリ、後藤洋平撮影

ヴァレンティノ

 次のショーはヴァレンティノ。アクリスの会場から5分ほど歩いた場所での開催で、とても助かった。というのも、日曜日だったこの日は、市民も参加するマラソン大会が開かれて一部道路が封鎖され、工事のために運行を休止していた地下鉄の路線もあって移動に要する時間が読みにくかったからだ。

 会場に着くと、内部は真っ赤だった。デザインを手がけるアレッサンドロ・ミケーレがグッチ時代から好む色だが、ヴァレンティノも歴史的に「赤いイブニングドレス」を看板にしているブランドだ。ただ、壁には公衆トイレのように小さな個室用のドアが並び、洗面所もいくつか設置されていた。

 しばらくすると、なにわ男子の道枝駿佑が会場に入ってきた。これぞミケーレという感じのスーツを着用していて、アイドルが王子のような服を着るとこうなる、という見本のようないでたちだった。

 ショーが始まると、「トイレのドア」が次々と開き、モデルたちが登場する。彼女ら、彼らが着ているのは、過剰とも取れるフリルやレースなどの装飾が施された服。過剰な演出に、過剰な服。それがアレッサンドロ・ミケーレだ。近年はクワイエット・ラグジュアリーがトレンドとなり、一見おとなしめな服を、さらりと見せるショーが増えた。だが、ミケーレが手がけるショーピースやショーの演出は、ファッションにはこうした楽しみ方もあるということを再認識させてくれる。

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ヴァレンティノの2025年秋冬コレクション=9日、パリ、後藤洋平撮影
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ヴァレンティノの2025年秋冬コレクション=9日、パリ、後藤洋平撮影

 彼のアプローチに対しては「グッチ時代と同じじゃないか」という意見もある。しかし、終了後のカンファレンスでは「創業者ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏の、60年代と80年代のクリエーションをミックスした」と着想源を明かした。ミケーレにとって今回はヴァレンティノを担当して以降3度目のショーだったが、その全てにおいて創業者の創作を再解釈したと述べている。そこには、ミケーレ自身の「グッチ時代とは、ものづくりのプロセスが違うんだ」という強い主張を感じる。

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ヴァレンティノの2025年秋冬コレクション=9日、パリ、後藤洋平撮影

マーガレット・ハウエル

 この後、地下鉄で右岸のマドレーヌ寺院近くに戻り、マーガレット・ハウエルの展示会へ。目玉は英国のアウトドアブランド、バブアーと協業した、油を塗った生地を使ったジャケットだ。保湿性や防水性を高めるために使われる生地で、かつては狩猟などの際に愛用されていた人気ブランド。メンズライクな服を女性が着用するスタイルが定着して久しいが、こうした本格的な実用服も取り入れていることに驚いた。

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マーガレット・ハウエルの2025年秋冬コレクション=9日、パリ、後藤洋平撮影

 この日、最後のショーはバレンシアガだった。会場はナポレオンの墓がある博物館の施設で、これまた地下鉄でセーヌ川の反対側へ。この日に訪れた三つのショーの会場は全て左岸だった。グッチを筆頭とする巨大グループ、ケリングの中にあって営業的に最も気を吐いているブランドの一つがバレンシアガ。その大きな要因は間違いなく、デザインを手がけるデムナの才能によるものだ。ドレッシー、スポーティー、ビンテージ、オリジナリティー……とにかく統一感なく、ごった煮のようなコレクション。それがなんだか心地よくて、面白い。

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バレンシアガの2025年秋冬コレクション=9日、パリ、後藤洋平撮影

 デムナはこれまでにも自身が立ち上げたヴェトモンとバレンシアガで、家具量販店イケアで売られているようなものを模したバッグを発表したり、運送会社DHLとの協業など重ねたりしてきた。モードやラグジュアリーのルールにとらわれず、時にぶっ飛んだような発想を形にするところが魅力の一つだ。今回はスポーツブランドのプーマとの協業アイテムも目立った。

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バレンシアガの2025年秋冬コレクション=9日、パリ、後藤洋平撮影
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バレンシアガの2025年秋冬コレクション=9日、パリ、後藤洋平撮影

 このショーの数日後、デムナは7月からグッチのデザインを担当することになったとの発表があった。いわば、グループ内の人事異動で、内部昇格にあたる。グッチはケリング最大の看板で、グループ全体の浮沈の鍵を握るブランド。今後も大いに活躍してほしい。

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