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パレスチナ自治区ガザ地区ガザ市で10月26日、イスラエルの攻撃によって破壊され、煙と炎が立ち上る建物の近くに集まる人たち=AFP時事
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 いつどこが爆撃されるかわからない中で、インターネットも電話も通じない。人道支援にあたる国際組織も含めて、一切の連絡がとれない――。

 イスラム組織ハマスの掃討をめざすイスラエル軍の激しい空爆を受けているパレスチナ自治区ガザ地区は、27日夜から29日朝まで、そんな状況に置かれました。

 ガザの市民はその間、どんな気持ちで過ごしていたのでしょうか。ガザ南部ラファに住む朝日新聞のムハンマド・マンスール通信員(27)が、携帯電話のメッセージ機能などでつづった手記から、通信が遮断される前後の状況を伝えます。

26日午前4時

 近くの民家が激しく空爆される音で目が覚めた。

 あまりにもひどい状況だ。疲れ果てて、テーブルの上に突っ伏したまま眠ってしまっていた。

 怖い。

 叫びだしそうになる気持ちを懸命に抑えながら、空襲された場所を察知しようとする。

 殺される順番が回ってきてしまったのは、どの家の家族だろうか、と。

 ただ、おびえている我が家の子どもたちの前では笑顔でいるように努めた。

 「爆撃は遠く離れた場所であったみたいだから、大丈夫だよ」

 うそをついた。でも、子どもたちは少しほっとした様子だった。

午前9時

 パン屋に行くと、大勢の人だかりができていた。しかたのないことだし、予想はしていたことだが、思わずイライラしてしまう。

 とはいえ、並んで順番を待つしかない。待っている間、人々は声を掛け合い、なぐさめ合っている。

 「早くこの戦争が終わればいいのに」という言葉が聞こえる。

 その願いはかなわないと分かっているから、気持ちは上を向くどころか、悲しくなる。

午前11時

 やっとのことでパンを手に入れて帰宅すると、飲み水が尽きていた。兄が水をくみに出かけたが、手に入ったのは井戸水だけだ。

 衛生状態が悪く、飲むのに適さない。でも、生きなくてはならない。家族でしかたなく、汚水をのどに流し込んだ。

27日午後6時半

 突然、電話もインターネットもつながらなくなった。脳裏にさまざまな恐怖がよぎった。

 どうして? 何が起こっているんだ?

 家族や友人の状況はどうやって確認すればいい?

 調べようとしたが、通信が断たれた状態ではどうしようもなかった。

 日が落ちれば辺りは真っ暗闇になる。空爆も激しさを増しそうだ。

 通信が復旧する見込みがあるのかどうかさえ分からず、私はジャーナリストとしての仕事もできなくなるのだろうか、と不安になった。

午後11時

 何度も携帯電話の画面を見た。通信が回復していないだろうかと思ったが、していないようだ。

 頭上から激しい爆撃の音が降ってきた。恐怖と静寂で大気が支配され、呼吸をするのが苦しいほどだ。

 近くにいた住民は、ジャーナリストである私に尋ねる。

 「通信を切断したのはイスラエルだろうか?」

 「国際社会は、通信を復旧させるようイスラエルに働きかけてくれるだろうか?」

 私にも分からない。

 世界から孤立を強いられているようで、とても恐ろしい。

 少しでも気持ちを落ちつけたくて、家族と体を寄せ合った。

28日午後11時

 自分の無力さを痛感している。

 何時間も暗闇の中で座り続け、この場所を爆弾が直撃しないことと、通信の復旧を願うことしかできない。

 同居する母は周囲の様子にとても敏感になり、取り乱した様子だ。ここも空爆されるのではないか、離れて暮らす知人は無事なのか……。

 またも質問攻めにあい、私はすべての情報を持っているわけではない、と言い聞かせた。

 ただ、母の気持ちは理解できる。何かを知っているふりをして、「だから、大丈夫」となだめたりもした。

29日午前4時

 目が覚めた。

 また、考えごとをしているうちに眠りに落ちていたようだ。

 通信が回復しているのを確認できた。私は方々に電話をかけた。

 「再び連絡が取れるようになりました」とメッセージを送り、取材活動も再開した。

 知人や同僚からの気遣いの言葉がうれしい。世界から隔離され、何が起こっているか分からない恐怖と、どこにも助けを求められない無力感にさいなまれた2日間だった。

 孤立したガザの苦境は変わらないが、これを耐え忍んで生きていくためには、誰かとつながっていられることが不可欠だと実感している。

      ◇

 ガザ全域で発生していた通信障害は29日朝、徐々に復旧した。通信障害の原因は明らかになっていない。英紙ガーディアンなどによると、イスラエル軍は27日夜に通信が途絶えたのと同時に空爆を強化し、ガザ内での局地的な地上作戦を拡大させた。その間、ガザでは空爆のあった場所や負傷者の居所を特定することもままならず、救急隊は爆音が聞こえた方向に向かって車を走らせることを余儀なくされたという。

 (マンスール通信員は、28日に配信した記事「『死から逃れたくて』12歳は家族とガザ南部へ そこに激しい空爆が」を取材した一人です。通信状況はその後も不安定で、連絡が取りにくい状況が続いています)

      ◇

〈おことわり〉当初の見出しで「わが子にも偽って」とありましたが、記事に登場する「子どもたち」は、一緒に暮らしていた親族の子らを指しているため、修正しました。

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