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パレスチナ自治区ガザ北部のガザ市で2024年3月21日、イスラエル軍の攻撃を受けたシファ病院から子どもたちを抱えて南へ逃れる女性=ロイター
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デイビッド・フレンチ

 パレスチナ自治区ガザでの戦争が始まって6カ月になるが、私は気がかりな既視感を覚えている。イスラエルは、米国がイラクで直面したのと同じ多くの課題に直面しており、多くの同じ過ちを犯しているのだ。

 昨年、シファ病院に突入したイスラエル軍は、先頃、再びこの病院を襲撃した。アーロン・ボクサーマンとイヤド・アブヘワイラの同僚2人がこれについて書いた秀逸な記事を読んだとき、次の一文が目に留まった。「しかし、戦況が長引くにつれ、イスラエル軍は3月中旬、ガザ北部のパレスチナ人武装グループによる新たな反乱を一掃するため、再び病院に近づいた」

 この「新たな反乱」という表現をよく考えてみてほしい。つまりイスラエルは、イラク戦争の大半で我々米国がしたこととまったく同じことをしていた。いったんは掌握したと思った場所をめぐって再び戦っているのだ。こうした悲惨な戦闘の悲しい現実は、簡単には理解しにくいある真実を思い起こさせる。テロリストとの戦いにおいて、人道支援を提供することは道徳的な義務であるだけでなく、軍事的に不可欠なことなのだ。

 ガザにおける市民の多大な犠牲と迫り来る飢餓は、誰もが悲しむべき人類の悲劇だ。そして、それは戦争の結果に直結するものだ。イスラエル軍のような近代的な軍隊は、市民への支援を提供しようがしまいが、直接対決すればイスラム組織ハマスを完全に打ち負かすことができる。だが、米国が自らの海外での戦争で学んだように、ガザの人々の最も基本的なニーズを満たさない限り、勝利を維持することはできない。

 これまでのところ、国際社会…

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