80年――。記憶は風化する。だがそれ以前に、私たちは誰しもそれぞれ自分なりの「物語」という形でしかあの戦争を継承できない。先の大戦をめぐる作品を数多く手がけ、歴史にも精通する作家の奥泉光さんは、そう話す。偏りゆがめられた様々な歴史物語が未来を塞ぐ今、どんな処方箋(せん)があり得るのか。世界を単一の物語に押し込める硬直化した語りを解きほぐす、文学者の飽くなき闘いとは。
このままでは「次の戦争」を防げない
――戦後生まれが人口の9割近くに及び、どのように戦争の記憶を継承していくかが大きな課題です。
「『どのように』継承するかの前に、まず『なぜ』継承するのかを考えてみませんか」
「『新しい戦前』という言葉が、だいぶ前から聞かれるようになっています。それは今や、強いリアリティーを持ち始めている」
「経済白書が『もはや“戦後”ではない』と記したのは、僕が生まれた1956年のことでした。それ以降、節目節目で『戦後の終わり』は唱えられてきた。でも終わらなかった。長い『戦後』の継続こそ、国民の意思でした。第2次大戦を起点に『戦後○年』という捉え方を今も続けているのは日本くらい。それはアジア太平洋戦争以降、新たな戦争をしなかったというだけでなく、戦後体制、つまり戦後民主主義への国民的肯定の表れです」
「その下で私たちは、紛れもなく平和と安定を享受してきた。しかし今度こそ戦後体制を清算、変革すべき時を迎えています。このままでは『次の戦争』を阻止することはできない、そう強く思うからです」
――どういうことでしょうか?
「日本だけが『戦後○年』の…