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初訪日と親族との初対面を前に思いを語るフィリピン残留日本人2世の竹井ホセさん=2025年8月5日、マニラ首都圏、大部俊哉撮影
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 太平洋戦争後にフィリピンに残された日系2世の竹井ホセさん(82)が、6日から日本国籍取得に向けた調査のため、初めて日本を訪れる。訪日費用を国費で負担する初のケースで、親族との初対面も実現する。戦後80年を経て、残留日本人2世への政府支援が大きく前進する。

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 竹井さんはルソン島中部ラグナ州サンパブロ市に住む。1943年5月、フィリピン国有鉄道の技術者だった日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれた。

 母がホセ氏を妊娠中に父は消息不明となり、その後は母が再婚したフィリピン人男性の姓を名乗った。子ども時代、周囲では反日感情がまだ強く、学校でいじめに苦しんだ。

 父の情報を探していたところ、09年にNPO法人フィリピン日系人リーガルサポートセンター(PNLSC)などの調査で、父の身元が判明したが、すでに亡くなっていた。

 それから、訪日が実現するまで16年が過ぎた。今年4月末、首都マニラを訪問した石破茂首相と面会し、支援を訴えた。

 今回の訪日で、大阪府河内長野市の親族と会い、父の墓参りもする予定だ。

 竹井さんは5日に在フィリピン日本大使館で記者会見し、「平和な時代になったことで、待ち望んだ訪日が実現した。奇跡だと思う。大阪の親族がきょうだいと認めてくれたらうれしい」と思いを語った。「父の故郷の土を踏むことで、アイデンティティーが完成される気がする。いつか日本のサクラも見てみたい」

国籍取得望む約50人が願う、二つのこと

 高齢でもあり、早期の国籍取得につながることを願っている。

 フィリピンには戦前、多くの日本人が移住し、ココナツや麻の栽培などに従事した。多いときで約3万人の日系人社会があったとされる。

 残留日本人2世は、竹井さん…

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