デモクラシーと戦争 インタビュー編① 五百旗頭薫さん
日本の政党政治は、第1次世界大戦終戦から第2次大戦開戦にかけての戦間期に、大正デモクラシーを経て2大政党による政権交代が実現するまでに発展したところで、急速に崩壊した。今日への教訓は何か。歴史学者の五百旗頭(いおきべ)薫・東京大学教授(50)に聞いた。
- 「憲政の神様」が突き進んだ泥仕合 信を失った政党、隙をついたのは
――戦間期の日本が置かれた状況は、現在とどんなところが似ているのでしょう。
「国家にとっての選択肢が限られていることです。三つの点から考えます」
「まず、軍事的手段の制約です。第1次大戦中に東アジアで欧米の力が薄まる中で、日本は中国に21カ条の要求を突きつけるなど強引な動きに出ました。米国は日本を牽制(けんせい)すべく海軍軍縮を求め、日本はおおむね受け入れました。最近の日本は防衛費の大幅増に踏み切りましたが、戦前への反省と憲法を踏まえ専守防衛を国是としています」
「次に、中ロの存在感の増大です。戦間期、列強が進出していた中国でナショナリズムによる反発が高まってきた。ソ連は共産主義革命の直後は疲弊していたが、米国発の世界恐慌の影響が欧州に広がる中、計画経済の『成功』で無視できない存在になってきます。冷戦後に台頭した中国や、ソ連崩壊後に復権を図るロシアに、日本は今も圧力を受けています」
「そして、経済の停滞です。交戦国が日本の製品を買ってくれた第1次大戦が終わると、好況から一転して恐慌が続き、税収も低迷した。1990年代にバブルがはじけて以来、景気が停滞し、財政が厳しくなる今と似ています」
――政治状況についてはどうですか。
「日本と周辺国の関係が緊張…