その椀(わん)は奥深い輝きを放ち、肌に亀裂のような線状の模様が走る。塗り重ねられた黒と銀パールの漆に隠れた和紙のしわが生み出した表情だ。
手がけたのは輪島塗の塗師、小路貴穂(しょうじたかほ)さん(54)。「絶望としか言いようのない風景。それを表現した」
昨年1月、能登半島を最大震度7の地震が襲った。石川県輪島市にあった自宅は傾き、中で立っていられないほど。周囲の道路は裂け、地中がのぞいていた。
避難所には多い時で約600人が身を寄せ、食料は足りず、感染症も流行した。体調を崩す人が相次ぎ、「地獄絵図」の状態。ほかの住民と運営を担ったが、心身は限界まで追い詰められた。
地震から2カ月後、避難所から工房に通い、少しずつ仕事を再開した。ある日、工房の代表、桐本泰一さん(63)から、こんな相談を持ちかけられた。
被災した元漆器店が、製作途中の漆器を処分する。譲り受けて活用できるか、一緒に見てもらえないか――。
現場を訪ねると、大量の漆器が残されていた。下地塗りまで終わっており、職人たちの丁寧な仕事ぶりが伝わってくる。すべて運び出すのに、軽トラックで3往復した。
どんなデザインにするか、桐本さんと意見を交わした。ただ、工房も被災し、できる作業は限られている。小路さんには「こんな状況で何を作れと言うんや」という気持ちもあった。
絶望の中の希望、器に施した工夫は
半ば開き直って考えたのが…