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小型船舶検査機構(JCI)の検査を終え、製品を送り出す西紀美男さん=2025年4月、横浜市中区新山下3丁目、太田悠斗撮影

 3年前の4月23日、テレビには救助のヘリが観光船「KAZUⅠ(カズワン)」を探し出す様子が映し出されていた。北海道・知床の海で沈没。行方がわからなくなっていた。

  • 冷たい海の観光船、「救命いかだ」義務化 定員減、時期ずらし運航も

 救命器具メーカーに勤める西紀美男さん(60)は、立ち尽くす。「ついに起こってしまった」

 旅客船の機関士や救命器具を扱う整備会社を経て、2003年、「軽視されがちな救命器具の普及や開発にイチから携わりたい」と「アール・エフ・ディー・ジャパン」(横浜市)に就職。救命いかだの開発に長年携わってきた。当時、小型船舶からの発注は少なかった。「救命浮器」か「救命いかだ」のいずれかを搭載すれば、冷たい海でも観光船を航行できたからだ。多くの業者は、価格が安いため、海中でつかまって助けを待つ「救命浮器」を選択していた。

 20度を下回る冷たい海では、低体温症で体が動かなくなってしまう。西さんは、小樽の海に入り「足が切れるようなしびれ」を感じたことを思い出していた。

 事故をきっかけに、国は直接海水に触れないで救助を待つことができるよう、原則、冷たい海を航行する13人以下の観光船に「改良型救命いかだ」と「内部収容型救命浮器」の義務化を決めた。

 西さんは知床を訪れ、犠牲になった乗客乗員に誓った。「死者を出来るだけ少なくする救命器具をつくる」

 国交省や同業他社と協力しながら「改良型いかだ」の製品化に成功。約60台を出荷した。検査の時は、「荒れた海にいかだが投げ出される場面を想像しながら検査を見守っている」という。

 古くなったいかだは、買い替えのためメーカーの元に、戻ってくる。いかだを見送るとき、いつもこう願う。「一度も使われることなく、戻ってこいよ」

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