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新聞記者の文章術のポイント

コンテンツ編成本部デスク 吉村千彰

■文学はフィクションだが・・・

 今年のノーベル文学賞は韓国の作家ハン・ガンさんに贈られた。代表作のひとつ「少年が来る」は、戒厳令に抗議した民衆を軍事政権が武力で弾圧した1980年の光州事件がテーマだ。ハンさんは70年に光州市で生まれ、ソウルに転居してまもなく事件が起こった。「人間は人間にこんな行動をするのか」という疑問が刻み込まれたという。死者と生存者の声を代弁するような小説。〈あなたが死んだ後、葬式ができず、/私の生が葬式になりました〉。登場人物の声にならない言葉たちが、重く響いて来る。

 ハンさんは受賞会見で、2024年の戒厳令について「今回の状況が(以前と)違うのは、すべてが生中継され、皆が見守ることができた点だ」と指摘した。

 受賞記念講演では、執筆の動力について、「世界はどうしてこんなに暴力的で苦しいのか」「同時に、世界はどうしてこんなに美しいのか」――「この二つの問いの間の緊張と内的な闘争」と語った。近著「別れを告げない」では、武力弾圧で多くの民間人が犠牲になった済州島4・3事件を取り上げている。タイトルには「忘れない」という意味が込められている。

 文学はフィクションだが、現実社会と切り離されているわけではなく密接につながっている。作家も日々生活を営んでいるのだから当然のこと。戦争文学や震災文学という言葉があることからもわかるように、小説は社会を映し、普遍化するメディアともいえる。

 今年生誕100年になる安部公房は、国の枠を超える普遍的な文学を生み出した作家だ。代表作で映像化された「砂の女」や「箱男」など、前衛的、国際的、現代的といわれ海外でも評価が高く、ノーベル文学賞候補に名前が挙がっていた。

(取り上げた文章へのリンクが文末にあります)

■安部公房の「宇宙」と「無限」

 今回取り上げた記事は、安部がデビュー前に書いた未発表の短編「天使」が見つかった、というニュース。生後すぐ家族と渡った旧満州からの引き揚げ船の中でノートに残していた。

 有名作家でもすべての作品が…

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