前知事の失職に伴う兵庫県知事選(17日投開票)は選挙戦が終盤に差しかかり、知事選の原因となった「内部告発問題」に関する各候補者の言及も目立っている。新しく選ばれるリーダーは就任早々、この問題に向き合うことになる。一連の経緯について改めて振り返る。
内部告発は3月、兵庫県の元西播磨県民局長(当時60)によってなされた。匿名で、報道機関や一部の県議に文書を配り、斎藤元彦知事(当時)の県職員へのパワハラや物品の受け取りなど「七つの疑惑」を挙げた。
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斎藤氏はほどなく告発の存在を把握すると、告発者が誰なのかを特定し、調査するよう部下に指示した。3月下旬の記者会見では、文書の内容を「うそ八百」と表現し、月末で退職予定だった元県民局長の人事を取り消したと発表。「公務員失格」などと強い言葉で非難した。
こうした初動対応は、内部告発者の保護について定めた公益通報者保護法に違反する、と指摘されている。告発者の特定作業は同法が禁じる「通報者捜し」に、退職人事の取り消しは「不利益な取り扱い」に該当するためだ。兵庫県の問題を受けて、公益通報者保護法を所管する消費者庁は、通報者捜しへの行政措置や罰則の導入なども含めた法改正の検討を進めている。
斎藤氏は自身や県幹部に向けられた疑惑の調査を、第三者に委ねず、県の内部で処理しようとした。元県民局長は4月、県の公益通報窓口にも同様の申告をしたが、県は、内部調査によって告発内容の「核心部分が事実ではない」と結論付け、5月、元県民局長に停職3カ月の懲戒処分を下した。
この懲戒処分も同法の「不利益な取り扱い」にあたると専門家は指摘する。これに対して斎藤氏は、告発文書の作成だけでなく、元県民局長が公用パソコンで私的な文書を作成・保存していたことも処分理由だとし、法的に問題がないと主張した。知事失職の前には、元県民局長のメールから「クーデター」などの文言が見つかったと明かし、「県政に大きな影響があると考えた」とも説明した。
斎藤氏が処分の妥当性を訴えたが、県議会の批判は日増しに高まっていった。斎藤氏は5月、県議会の要望を受けて、第三者機関での調査を表明。しかし、議会側は6月、「実効性に疑問がある」として、調査特別委員会(百条委員会)を設置した。百条委は地方自治法100条に由来する呼び方で、憲法が定める国会の国政調査権の「地方版」にあたる強い権限を持つ調査機関だ。首長や職員らに証言や資料の提出を求めることができ、正当な理由なく拒むと6カ月以下の禁錮刑または10万円以下の罰金、虚偽の供述をすると5年以下の禁錮刑という罰則がある。
百条委では斎藤氏のほか、元県民局長の尋問もなされることになった。県議会事務局は元県民局長に対し、6月下旬に文書で出頭の要請をし、7月に入ると、告発文書の原本の提出を電話で依頼した。元県民局長は電話で「わかりました」と答え、7月7日午前にはメールで文書が届いた。
しかし、その夜、元県民局長が死亡した。自殺とみられているが、原因はわかっていない。百条委側には「個人のプライバシーに配慮した手続きで進めてほしい」と伝えられていたという。「プライバシー」が何を示しているのかは不明だが、県幹部が元県民局長の公用パソコンに保存されていた告発文書とは関係のない私的な文書を漏らした疑いも指摘されており、県が調査することになった。
元県民局長の死亡は、県庁内に大きな動揺を与えた。斎藤氏の最側近で、内部告発で疑惑を向けられた片山安孝副知事(当時)は「混乱の責任を取る」などとして辞職した。片山氏は斎藤氏の指示を受けて元県民局長に告発者なのかと問いただし、公用パソコンの回収も担っており、斎藤氏にも辞職するよう5度にわたって進言したことを明らかにした。片山氏以外の側近の県幹部も、体調不良などで次々と離脱していった。
一方、百条委による県職員約9700人へのアンケートでは、斎藤氏のパワハラや、事業者からの物品の受け取りなどについて多くの証言が寄せられた。回答があった約6700人のうち約42%の職員が伝聞も含め、斎藤氏のパワハラを把握しているとした。
百条委の証人尋問で斎藤氏は、県幹部に対する叱責(しっせき)や、勤務時間外にチャットで繰り返し指示を出したこと、付箋(ふせん)を机に向かって投げつけたといった行為を認め、「やり過ぎた面はある」などと反省を口にした。一方で、県職員を指導するために必要な面もあるとし、「大事なのは、県民のために何の仕事ができるかだ」とも強調した。
物品の受け取りは、椅子と机、カキ、カニ、ワインなどを認めたが、「SNSでPRしていなくても、社交儀礼の範囲内」「良いものをもらって、自分が県の魅力を知るのも大事な仕事だ」などと述べた。
違法と指摘された内部告発への対応については「法的に問題ない」と説明した。告発文書を「誹謗(ひぼう)中傷性が高い」と繰り返し、通報者捜しや懲戒処分は必要な対応だったとの見解を示した。
元県民局長が死亡したことなどに対する道義的責任を問われると、「道義的責任が何か分からない」と発言。「知事の資質がない」との批判がさらに強まった。県議会は9月、全会一致で不信任決議案を可決した。斎藤氏は自動失職して知事選に立候補することを選択した。
内部告発から約8カ月。知事選で兵庫県は一つの節目を迎えるが、問題は解決していない。公益通報への県の違法な対応や元県民局長の懲戒処分の検証など、次の知事には素早いリーダーシップが求められることになる。一連の問題では、公益通報者保護法を所管する消費者庁は、告発者が守られないなど法律の趣旨に沿った対応がとられない現状を懸念し、違反行為に対する刑事罰の範囲拡大などを検討している。
告発された疑惑の真相解明は、百条委や県が設置した第三者委員会で調査が続く。パワハラや物品の受け取りのほか、2021年の前回の知事選で県幹部を連れて投票を依頼(斎藤氏関連)▽昨秋のプロ野球優勝パレードの寄付金集めで、金融機関に補助金をキックバックさせた▽公益財団法人理事長に対して、副理事長2人の解任を通告し、強いストレスをかけた▽斎藤氏の政治資金パーティー券の購入で商工会議所などに圧力をかけた(以上が片山氏関連)▽前回の知事選で事前運動をした(県幹部ら)――との疑惑が指摘されている。