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 26人が訴える症状は水俣病だ。だが、国の責任は認められない。新潟水俣病の公式確認から59年。提訴からは10年。18日に言い渡された新潟地裁判決に、手足の感覚障害や、社会の偏見に苦しんできた原告らは安堵(あんど)とともに、悔しさをにじませた。

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 「長い間苦しみ、一人で格闘し、名乗り出られずに過ごしてきた。今回ようやく認められた」

 判決後の記者会見で、原告団長の皆川栄一さん(80)はほっとした表情を見せた。自身を含め、原告の半数以上が水俣病と認められた。

 旧昭和電工(現レゾナック・ホールディングス)が排水を流した阿賀野川の魚を食べて育った。異変に気づいたのは、大工として働き始めた20歳のころ。腕はひじから先、足はひざから先がしびれ、耳鳴りもする。同様の不調を訴えた父はほどなく死去。同居の母、姉、弟らの生活を支えた。

 自分は水俣病なのではないか。そう感じたが、集落の長老に口止めされた。「伝染病だ、奇病だと風評がひどかった。知られたら誰も仕事を頼んでくれない。家族を養えなくなる。だから診察を受けなかった。いや、受けられなかった」

 被害を訴える声は阿賀野川流…

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