本格的な春の訪れとともに、新しい顧問の先生がやってきた。
東京都立足立西高校吹奏楽部は、新1年生を除いた2学年で18人。近年、吹奏楽コンクールはC組(20人以内)に出場している。オーボエやファゴット、コントラバスは奏者がいない。アルバイトをしている部員も多く、部活は週2日休みで、和気あいあいとした雰囲気で活動してきた。
ごく普通の高校の、ごく普通の吹奏楽部――それが足立西だった。
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吹奏楽作家のオザワ部長が各地の吹奏楽部を訪ねます。
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そこに新顧問として異動してきたのは山田泰之だった。山田は3月までは東京都立葛飾総合高校吹奏楽部の顧問を務めていた。学校創設時に着任してゼロから吹奏楽部をつくり上げ、17年間指導を続けてきた。
そのかいあって葛飾総合は、人気アーティスト「SEKAI NO OWARI」のミュージックビデオに出演したり、「ORANGE RANGE」のライブツアーでコラボ出演したりするなど、様々な活躍をする有名バンドになっていた。昨年度の吹奏楽コンクールではA組(55人以内)の大編成で都大会に出場し、銀賞を受賞している。
そんな葛飾総合から新顧問がやってくると知り、足立西の部員たちに戦慄(せんりつ)が走った。 「山田先生が来たら、部活どうなるんだろうね……」。部内ではそんな言葉がささやかれた。
今年度の足立西の部長を務めるのは、3年生の豊田礼美だ。よく人から「ギャルい(ギャルっぽい)」と言われる明るい性格で、担当はトランペット。カラオケ店とスーパーでアルバイトもしている。
実は、礼美たち3年生は山田の指揮で演奏をしたことがあった。1年生のとき、地区の音楽会で葛飾総合などと合同演奏をし、その指揮を山田が担当したのだ。
「初めて会う他校の部員たちをうまくまとめていてすごいなぁ」
礼美は山田の統率力に感嘆した。また、葛飾総合の演奏も聴いたが、「音はきれいで迫力があるし、人数も多くてエグい!」と驚いた。
まさかその山田が自分たちの顧問になるとは思いもしなかった。
「足立西は人数も少ないし、葛飾総合みたいにうまくないし、先生がギャップでイヤになっちゃったらどうしよう……」
そんな不安も抱いたが、山田との活動が楽しみでもあった。
礼美と同様、期待を抱いて山田を待っていたのが、学生指揮者でフルートの中元美緒(3年)だ。美緒は楽器のうまさには定評があり、礼美からも「私よりも『部長』している。よくまわりを見ていて尊敬する」と信頼される存在だ。
「いままでの足立西は『みんなで仲良く部活を楽しもう』っていう感じだった。それも好きだったけど、山田先生が来たら変われるかも。みんなに注目されて、たくさんの人に演奏を聴いてもらえるバンドに生まれ変われるかもしれない!」
もちろん、「先生が熱心すぎてついていけないんじゃないか」と思う部員たちもいた。
期待と不安が渦巻く足立西に、いよいよ山田が現れた。
♪
赴任当日、山田は礼美たちからポップス曲の演奏で迎えられた。それを聴いた山田は率直にこう思った。
「すごく上手なわけではない…