日本列島で地震や火山活動が盛んなのは、地球表面の「プレート」が沈み込む場所に位置するからだと考えられている。しかし、この説が普及する前から、活発な大地の動きを解き明かそうとした地質学者がいた。半世紀前、できたばかりの神戸大地球科学科(現・惑星学科)の教授になった杉村新(あらた)さんだ。先駆的な研究の背景には、50年以上前に人工知能(AI)研究を先取りしたような考え方があったという。100歳となった杉村さんに話を聞き、歩みをふりかえる。
杉村さんは静岡県の旧制高校に通っていた1942年ごろ、地層が曲がる「褶曲(しゅうきょく)」という現象は現在も続いているとする大塚弥之助・東京帝国大(現東大)教授の論文を読んで衝撃を受けた。
当時、欧州では褶曲など大地の変動はアルプス山脈ができた後はなく静穏だとされていたので、大塚教授の概念は画期的だった。
杉村さんは大塚教授の門下に入り、47年に東京大助手となるが、50年、大塚教授は亡くなる。
その直後、杉村さんは、大塚教授が論文の証拠にした山形県の河岸段丘に行くチャンスを得る。現地を歩くと「今も動いている」という説に疑いがわいた。
論文は、褶曲があるという考えに都合がいい高さを地形図から読み取って書いている。実際には段丘は変形していないのではないか。そこで恩師の説をひっくり返そうと検証に乗り出す。
地学では実測が、物理や化学の実験にあたる。実測から描いたグラフによると、論文よりも褶曲の程度が大きく、しかも段丘ができてから時間がたつほど褶曲が大きくなっていることがわかった。
自分の仮説は破れたが、大地がたえまなく動いていると実証できた。
「自然の本当の姿をのぞき見たような気がした。あの感動は一生に1回かもしれない」
地殻変動の証し、次々と……
杉村さんは先駆的な業績は後輩の地質学者にはどうみえるのか、後半では、東京大の岩森光教授に聞いています。
それから、杉村さんは地殻変動の証しを次々と明らかにしていく。
たとえば活断層。地層がある…