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福間良明さん

 教養と言うと、知的エリートの持ち物だというイメージがあるかもしれません。けれど歴史社会学者の福間良明さんは、中卒で就職した勤労青年たちが読書を通じて自分を見つめた「大衆教養」の時代が戦後日本にあったと指摘します。格差という理不尽に直面させられたからこそ知に触れようとした非エリートの人々。そこには何があったのでしょう。

中卒で働く青年たちが求めた「人生雑誌」

 日本の戦後史を丁寧に見ると、読書で人格を磨こうとする「教養主義」が学歴エリートの占有物ではなかった事実が見えてきます。格差と貧困のもとで高校にも進めなかった多くの勤労青年たちが、読書を通じて知に触れていたのです。

 その歴史に私が出会ったのは今から20年近く前でした。古書店で、人生雑誌と呼ばれていた雑誌の復刻版を入手したのです。1950年代を中心に読まれていたもので、読者の多くは中卒で働く青年でした。文学や歴史、哲学、思想にかかわる記事が載り、読者の投稿や作文もありました。代表的な雑誌は「葦(あし)」や「人生手帖(てちょう)」でした。

 そこでは、貧しさゆえに上の学校に進めないことへの鬱屈(うっくつ)が語られていました。金のある家に生まれた人は進学できるのに自分はできない。そうしたやり場のない怒りゆえに読者は、自分を磨くための文章や社会批判の言葉、読者同士の語り合いを求めたのです。

■自らの欠落、埋めようとする…

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