日本の植民地支配下の朝鮮で、現地の言葉と文化を学びながら林業振興に尽くした日本人を追悼する催しが2日、ソウル郊外で開かれた。日韓双方から50人あまりが参列し、今年で国交正常化から60年を迎える両国の友好を確かめ合った。
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漢江(ハンガン)を見渡すことが出来る山の中腹に浅川巧(1891~1931)の墓がある。傍らの石碑にはハングルで「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生きた日本人 ここ韓国の土となる」と刻まれている。参列者は墓と石碑を囲んだ。
山梨県出身の浅川は、韓国併合から間もない1914年に朝鮮半島に渡った。朝鮮総督府林業試験場で植林事業に従事するかたわら、現地の陶磁器や木工品に「美」を見いだし、民芸運動の創始者である柳宗悦(むねよし)らと、いまのソウルに「朝鮮民族美術館」を設置した。
追悼式が開かれた2日は、浅…