朝日新聞山口総局長 松下秀雄

連載「民は主か 長州・山口からの問い」 番外編

 ときどき、反芻(はんすう)している言葉がある。

 「民主主義とは、自分の運命は自分で決めるという運動だと思う」

 2020年の朝日新聞の新年企画「カナリアの歌」の取材をしていたとき、私立旭川明成高校校長として主権者教育にとりくんでいた五十嵐暁郎立教大学名誉教授(79)=日本政治論=が私にそう語った。

 反芻するのは、いろんな含意を感じ取れる、味わい深い言葉だと思うからである。

 「自分の運命は自分で決める」に焦点を絞ると、就職や結婚などさまざまな人生の選択のとき、自分の意思でそれを決めるというイメージが浮かぶ。

 「民主主義とは」に焦点を絞ると、続く言葉は民主主義の定義どおりのようにも思えてくる。王や貴族など、だれかに統治されるのではなく、私たち自身が私たちを統治するということである。

 前者は個人、後者は国や社会のレベルで、違う話のようにも思える。けれど、それらはつながっている。

 決められたことに従うしかないのなら、何かを選びとる主語になれない。自分の運命や、自分たちの運命を決める主語になれるか。問題はその点である。

民主主義とは何か。日本で民主主義がかたちづくられていった歴史を振り返りながら、いまをみつめる連載の番外編です。筆者は、朝日新聞山口総局長の松下秀雄。出発点は、幕末・明治維新期から。

 幕末・維新期以来の歴史は、民衆が主語になろうとするプロセスだったといえるだろう。

 厳しい身分制がとられていた江戸時代は、どこに生まれるかによって、歩む人生のレールがあらかた決まってしまう時代だった。親の仕事を継ぐのが当たり前。身分の外の職業には就けず、身分の壁を越えた結婚もできなかった。

 すると、武士以外の人たちは、ずっと「統治される」側にいることになる。「私たちが私たちを統治する」という民主主義の基本原理とは、かけ離れた状態だった。

 明治政府は、その身分制の解体にとりくんだ。武士が政治を独占した時代も終わった。議会が開設され、性別や財産による制限つきながら、政治に参加する権利が確立された。

 先人たちの苦闘の末に、私たちは選挙を通じて政治を変えられる仕組みを手に入れた。さまざまな制約に縛られているとはいえ、自分たちの手で、自分たちの運命を決める道が開けたのである。

 ただ、それは決して簡単なことではない。

 自分で決めたつもりになっていても、接している情報や意見がゆがんでいたら、決断もゆがんでしまう。

 戦時中でいえば、軍や政府に不都合な言論は統制された。

 いまでいえば、情報の洪水のなかで、何が事実で、何が事実ではないのかを見極めるのが難しくなっている。

 ゆがみにまどわされないよう、真贋(しんがん)を見極める努力を尽くせるか。

 個人の運命を決めるときと同じくらい、国や社会全体の運命を決めるときにも、考え抜き、悩み抜いて判断するか。

 この国の「主語」であり「主役」としての重い責任を、私たち一人ひとりが背負う。

 それが「民主主義」の意味するところである。

     ◇

松下秀雄(まつした・ひでお)

1964年、大阪生まれ。89年、朝日新聞社入社。政治部記者、デスク、政治担当論説委員、編集委員、言論サイト「論座」編集長などを経て、2022年9月から山口総局長。女性や若者、様々なマイノリティーの政治参加や、民主主義のあり方に関心をもち、取材・執筆している。

  • 【プロローグ】私たちはこの国の主役なのか 幕末・明治維新から見つめる民主主義
  • 【第1回】強い軍をつくることか、人間平等か 吉田松陰の思想を巡る論争

共有
Exit mobile version